2008年08月24日

同じ時代を生きて

1979年、大江健三郎が「同時代ゲーム」という小説を発表して、「同時代」という言葉が持て囃されたものです。気がつけば、もう30年近くの時が経過しているのですね。あの小説は好きになれませんでしたが、「同時代」という言葉は大好きです。横の広がり、空間的な広がりを感じるのです。

「連想ゲーム」をしていくと、ユング心理学の「共時性」という言葉も思い出されます。「共時性」とは、イメージ的によく似た複数の事象が空間を超えて存在することです。直接の因果関係はないのに、同じような出来事が随伴して生起することです。 神学生時代のこと、ニューヨークのユニオン神学校教授だった小山晃佑さんと、一度だけお話するチャンスがありました。当時、「時速5キロの神」という論文を発表(1982年)された後だったと思います。タイのチェンマイでの経験を基に紡がれた「水牛の神学」によって、70年代から世界的に知られていました。

雑談の中で、こんな話が出ました。「西洋において、キリスト教の宣教がヨーロッパの北限まで伝播したのも6世紀、東洋において、仏教の布教が東限である日本にまで達したのも同じ6世紀、これには深い意味がある」と。このような感覚を「共時性」と言います。大抵の学問は「因果性」の論理(因果律)に支配されていますが、それとは全く異なる考え方や感じ方があるのです。

イギリスのロックバンド、ポリスが 「シンクロニシティ」(Synchronicity)というアルバムをヒットさせたのもこの頃(1983年)でした。スティングの歌う「見つめていたい」(Every Breath You Take)はシングルカットされて、ヒットチャート入りし、毎週のようにMTVで流されていました。ポール・ボウルズの「シェルタリング・スカイ」(後に映画化されて有名になった) の第1章と同じ、「サハラ砂漠でお茶を」(Tea in the Sahara)という題名の曲も入っていました。「シンクロニシティ」とは、まさに「共時性」の英訳です。そう言えば、シンクロナイズドスイミングが五輪の正式競技に採用されたのも、その翌年の1984年のロサンゼルス・オリンピックからです。これもまた、シンクロしています。

さて、年配の人が「最近の若い者は…」と苦言を呈するのは今に始まったことではありません。SF作家のアシモフによると、紀元前2800年頃の古代アッシリアの粘土板にも、古代ギリシアの哲学者プラトンの著作にもあるとの由。山手線の中で「最近の若い奴らは…」と、小学生が会話していたという笑い話もあります。

若者たちの側でも、結局、同じ世代で固まってしまって、他の世代との交流が少ないのです。更に言うと、老若に関係なく、これは私たち皆に共通する問題です。「同世代」 の心地良さも分かりますが、時には「同時代」の刺激を味わってみてはどうでしょう。

「同世代」ではなく、「同時代」の広がりをもって、共に生きている。それが教会という場です。


【会報「行人坂」No.237 2008年8月24日発行より】

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キリスト教こんにゃく問答W「全能の神」

1.大惨事

大地震に襲われた中国四川省の惨状を伝えるニュース番組を見ました。瓦礫の中から助けられた人、もう既に死んでいた人、子供を失って泣き叫ぶ母親たち、生活基盤を無くして途方に暮れる大勢の人たち…。何も語るべき言葉がありません。ただ、神さまにお祈りするばかりです。

1993年、「北海道南西沖地震」の際、津波の直撃を受けて、奥尻島の漁村は壊滅しました。地震の僅か五分後に津波が村を襲いました。一瞬にして、数百軒の家屋が消失し、数百人の人命が失われたのです。

この大惨事から一週間ばかり経った頃でしょうか。この奥尻島に、ハンドマイクを手にした宗教団体が乗り込んで来て、「これは神の罰である。悔い改めなさい」と叫んで、伝道活動を始めました。当然ながら、村の人々から石を投げられ、追い払われたそうです。その場にいたなら、私も迷うことなく石を投げたことでしょう。

この団体はキリスト教系のカルト「愛の家族」でした。「アッセンブリ・オブ・ゴッド」の牧師が「神の子たち」というグループを作って独立し、それが「愛の家族」と改名したのです。因みに、現在では、単に「ファミリー」と名乗っています。

日本基督教団北海教区も、地震後に対策委員会を設置して、現地入りをしました。奥尻に教団の教会があった訳ではありません。しかし、無為無策でいる訳には参りません。何度も島に渡り、数年にわたって、地元の人たちと交流し、定期的に必要な援助を続けました。その結果、ある時、すっかり打ち解けた漁師の一人が「あんたらは、あの連中とは本当に違うんだね。よく分かったよ」と口にされたそうです。

2.大地震

1995年、「阪神淡路大震災」発生の直後から、私の後輩のYは現地入りして、救援活動を始めました。当時、同志社大学の学生だった彼は、障碍者の生活援助ボランティアをするグループに属していました。所謂「健常者」でも大変な事態です。身心に障碍があれば、危険な場所から自力で脱出することも困難です。

そんな状況の中に飛び込んで行って、働いたのですが、その中で、何度も何度も、思わず天を仰いで泣き叫びたくなる場面に、彼は遭遇しました。家族が埋まっている瓦礫の前に立ち尽くしている人たち、毎朝、震災の時刻に発作を起こす避難所の子供たち、医療環境が整わず亡くなっていく高齢者たち、どこにも行き場のない障碍者たち…。

その度に「神さま、この人が何で、こんな酷い目に遭わんといかんのですか!」と、心の中で呟き続けていたのです。そして、ある時、彼はこんな風に悟ったそうです。「もしかしたら、神さまって、無力なんじゃないか」と。この震災の体験を経て、彼は神学部で勉強を再開して、現在は牧師になっているのです。

私の前任教会で「阪神淡路大震災」のことを学ぶために、そのY牧師に来て、体験を語って貰ったことがありました。しかし、この証しを聞き終えて、ある教会員の姉妹が私の所に抗議に来ました。憤懣やる方なしという顔つきで、「あの牧師の言っていることは間違っている。『神が無力だ』なんて。神さまは全知全能のはずです!」と告発されたのです。ホーリネス系の単立教会で信仰を育まれた人でした。「イエスさまも十字架の上で、全くの無力だったんじゃありませんか。大きな災害や惨事を前にして、私たちが無力感に打ちのめされている時、イエスさまも私たちと一緒に立ち尽くして居られる、私たちの悲しみを知っていて下さるのじゃないんですか。Yさんは『全能の主』ではなく、『無力の主』に出会われたから、牧師になられた。凄いことではないですか」と、私は申し上げました。

しかし、彼女は納得が行かなかったようで、何年かして別の教会へと転出されてしまいました。「全知全能」という教義のお題目が怪しくなっただけで、不安を感じられるようになったのでしょう。

3.全能者

「神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。」(マタイによる福音書3章9節)、「神にできないことは何一つない。」、(ルカによる福音書1章37節)等と、神の全能を思わせる聖句もあります。そして、神御自身も「わたしは全能の神である。」 (創世記17章1節)と自己紹介して居られます。

しかし、もしも、神が全能であるとすれば、神が与かり知らないことも、神が関わっていないことも何一つ無いということです。極論を言えば、中国四川省に大地震を起こし、ミャンマーに大型サイクロンをもたらして、何万人もの人間を殺したのは、御心(神罰)ということになります。奥尻島の「愛の家族」の言動からも遠からずです。

反対に、神は善なのであるから、それは悪魔の責任とします。すると、悪魔を神に括抗する勢力と認めることになり、忽ち「二元論」に陥ってしまいます。悪魔は神にも比する力の持ち主となり、もはや神は全知でも全能でもなくなります。このように、神の「全知全能」という観念そのものが「二重拘束」を抱えているのです。いずれにせよ、論理的に破綻してしまうのです。

ヴィトゲンシュタインの「語り得ぬものについては、沈黙しなければならない」という有名なテーゼ(「論理哲学論考」)を出すしかありません。むしろ、自らにこそ問い掛けるべきではないでしょうか。全知でも全能でもない私たちが「全知全能の神」等と、神を定義すること自体が冒涜なのです。無力な人間である私たちが語り得るのは「無力な神」「無力な者と等しく、自らへりくだり給うた神」だけなのです。

因みに、ヘブル語の「全能」は「エル・シャツダイ/全能の神」の「シャツダイ」ですが、その元々の意味は不明です。族長たちに嗣業を約束をなさる場面の自己紹介に多いので、便宜的に「全能の」と訳しているだけです。もう一つの 「アヴィル/勇者」も「全能者」と訳されますが、単に「強い」という意味に過ぎません。その「強い」も、私たちが考えるような「強さ」 ではないと思います。子供たちがカードゲームでランキングするような「強さ」ではありません。「神の弱さは人よりも強い」 (コリントの信徒への手紙T1章25節)と言われるような「弱さと強さ」 です。

結局、聖書をもってしても「全能」の内実は少しも明らかではないのです。しかし、私は思います。自らの強い立場に汲々としがみ付くのが「全能」ではないでしょう。むしろ、時には、自らを無力なものとすることをも恐れない、そんな神さまなのではないでしょうか。


【会報「行人坂」No.237 2008年8月24日発行より】

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