2012年07月31日

8月第1主日礼拝(平和聖日)

       8月 5日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 ”キリストの食卓”         石川和夫牧師
聖  書  コリントの信徒への手紙T 11章23〜29節(p.365)
賛 美 歌  27、423、490、79、81、76、89
交読詩篇  146編1〜10節(p.163)
posted by 行人坂教会 at 16:50 | 毎週の礼拝案内

2012年07月24日

7月第5主日礼拝

       7月29日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”やもめの献金”          朝日研一朗牧師
聖  書  マルコによる福音書 12章41〜44節(p.88)
賛 美 歌  27、140,490,517,512,88
交読詩篇  126編1〜6節(p.147)
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2012年07月17日

7月第4主日礼拝

       7月22日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”熱くもなく冷たくもなく”     朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネの黙示録 3章14〜22節(p.456)
賛 美 歌  27、140、490、396、430、88
交読詩篇  126編1〜6節(p.147)

昼食サービス(カレーライス:300円) 礼拝後   於 階下ホール
※ 但し、気温や湿度が高い場合は、万一を考えて中止します。
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2012年07月10日

7月第3主日礼拝

       7月15日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”馬鹿宣言”            朝日研一朗牧師
聖  書  コリントの信徒への手紙T 1章18〜25節(p.300)
賛 美 歌  27、140、490、408、518、88
交読詩篇  126編1〜6節(p.147)

賛美歌練習 (8月の月歌:423番)  礼拝後   於 礼拝堂
あいさつの会(相互交流の会)      賛美歌練習後
 (さんび)礼拝堂、(聖書輪読)記念室、(Café de 行人坂)階下ホール
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2012年07月02日

7月第2主日礼拝

       7月 8日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”不幸の招待状”          朝日研一朗牧師
聖  書  ホセア書 1章1〜9節(p.1403)
賛 美 歌  27、140、490、135、132、88
交読詩篇  126編1〜6節(p.147)
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2012年07月01日

コルセット生活

1.風が吹けば

映画『風と共に去りぬ』の巻頭間も無く、ヴィヴィアン・リー扮するスカーレット・オハラがコルセットを装着する場面があります。太った黒人のメイドにコルセットの紐をギューギューと締められて、とても苦しそうです。メイドを演じたのは、ハッティ・マクダニエルという女優さんです。『風と共に去りぬ』の演技によって、黒人女性として初のアカデミー賞の受賞者(助演女優賞)となりました。因みに、彼女はアメリカのラジオ番組の中で、初めて歌った黒人女性でもあります。

この4月に、再び腰痛を患って以来、毎日欠かさず、私はコルセットを装着するようになりました。勿論、背中に紐の付いたコルセットではありません。現代の腰痛用コルセットですから、現代技術の利器、マジックテープの御蔭で着脱も簡単です。しかしながら、それでも面倒臭いものです。トイレで用を足すのにも、その都度、外さなくてはなりません。外さなくては「出」が悪いのです。従って、外出先では、個室便所の空きを探して回らなくてはなりません。

「面倒臭いなあ」と考える私の脳裏に、なぜでしょうか、先程ご紹介した『風と共に去りぬ』の場面が再生されるようになったのです。勿論、自分をヴィヴィアン・リーに重ねる訳には参りません。体型的には、ハッティ・マクダニエルです。

そもそも、私は『風と共に去りぬ』等は好きな映画ではありません。何しろ、クラーク・ゲーブル演ずるレット・バトラーの正体はKKK団です。KKKとは「Ku Klux Klan/クー・クラックス・クラン」、白装束に白い三角頭巾を被って、燃える十字架を掲げてのデモ行進で有名な、白人優越主義の秘密結社です。

それに、昔から言いますよね。「世の男性諸氏は『風と共に去りぬ』のヒロイン、スカーレットを好むような女性と付き合ってはいけない。また、女性は『ローマの休日』のヒロイン、アン王女を好むような男性は敬遠すべきである」と。…それはともかく、コルセットを装着し始めたせいで、好きでも無い映画が急に身近かに感じられるようになったのですから、不思議です。まさに「風が吹けば桶屋が儲かる」です。

2.服飾の記号

映画『風と共に去りぬ』において、スカーレット・オハラが装着するコルセットは、19世紀アメリカ南部の富裕白人社会の記号です。彼らは、あたかもヨーロッパの王侯貴族のような生活を送っていました。コルセットという下着は、独りでは装着することが出来ません。メイドの手を必要とするのです。奴隷制度とそれによって支えられたプランテーション農業の上に、コルセットを着ける生活があったのです。

そんなことを考えていたら、もう1本の映画の場面、コルセットの記憶が浮かび上がって来ました。1975年のオーストラリア映画『ピクニックatハンギング・ロック』です。1900年、「ハンギングロック」と呼ばれるアボリジニの聖域に、ピクニックに出掛けた寄宿制女学校の生徒たちが「神隠し」に遭う物語です。その冒頭の場面には、ゲオルグ・ザンフィルの吹くパンフルートが流れるのですが、女生徒たちが数珠繋ぎになって、お互いにコルセットの紐を締め合うスケッチが挿入されていたと思います。女学校では、生徒さんたちがお互いにコルセットの紐を結び合っていたのです。

この映画では、コルセットは性的抑圧の記号なのかも知れません。ハンギングロックで行方不明になった少女たちに何があったのかは、最後まで解き明かされることはありません。女教師1名と女生徒2名は発見されますが、彼女ら自身にも、何が起こったのかは分かりません。但し、発見された時、「スカートを履かず、ズロースだけだった」とか「靴も履かず、裸足だったのに擦り傷も無かった」と台詞で説明されるだけです。そして、1名の女生徒は発見されないままでした。

下駄や草履、雪駄を履いて生活している、アジア人の私たちには、とても想像できませんが、この当時、英国などでは、裸足は大変に恥ずかしいことだったのです。今でも時折、ドラマで、西欧人が靴を履いたままベッドの上に寝転ぶ場面を目にします。私なら、ホテルの部屋に入ると、先ず靴と靴下を脱ぐでしょう。ともかく、この映画の時代設定である20世紀初頭には、コルセットの時代は終焉を迎えつつあります。

それとは対照的にビザール趣味で、登場人物が男性も女性も全員、コルセット姿で歌い踊っていたのが、同じ1975年のミュージカル映画『ロッキー・ホラー・ショー』でありました。ここでのコルセットは、もはや抑圧の記号ではなく、異性装嗜好(トランスヴェスティズム)の記号と化しています。コルセットは自由に性差を横断するのです。

3.馴染み重ね

私は数年前まで、毎日、腕時計を着けていました。しかし、何度も修理をしながら、20年近く愛用していた物が、いよいよ壊れた時、もう腕時計をするのを止めてしまったのです。それ以前には、腕時計が体の一部のように感じられていました。寝る時と風呂に入る時は別として、一日中、装着したままでした。

自転車でも自動車でも乗り慣れて来ると、他の車種に違和感を抱くようになります。住み慣れた家、使い慣れた道具、食べ慣れた家庭料理の味、見慣れた近所の風景、着慣れた普段着、通い慣れた教会…。こういうことを「身体化」と総称して良いのでは無いでしょうか。体に馴染むのと同じように、他の人たちともお馴染みになります。空気や場に馴染むということもあります。

現在、コルセットに馴染み始めています。御一緒に「コルセット生活」をしませんか。

牧師 朝日研一朗  朝日です。

【2012年7月の月報より】

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