2012年12月29日

2012クリスマス愛餐会で

礼拝後の、クリスマス愛餐会で、有志による寸劇を演じました。

クリスマス愛餐会での寸劇です。

かなりの熱演?でした。
posted by 行人坂教会 at 14:58 | 教会アルバム

2012年12月24日

12月第5主日礼拝(2012年歳晩礼拝)

      12月30日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”みなしごクリスマス”       朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネによる福音書 14章15〜21節(p.197)
賛 美 歌  27、247、490、268、437、28
交読詩篇  113編1〜9節(p.130)

賛美歌練習 (1月の月歌:365番) 礼拝後   於 礼拝堂
posted by 行人坂教会 at 12:12 | 毎週の礼拝案内

2012年12月18日

12月第4主日礼拝(降誕節)

      12月23日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 ”それでも共におられる”      朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 1章18〜25節(p.1)
賛 美 歌  27、247、248、269、451、69、81、28
交読詩篇  113編1〜9節(p.130)

クリスマス愛餐会(新入会者歓迎会) 礼拝後  於 階下ホール
 メニュー:カレーライスとお菓子、果物
 会費:大人 500円、小学生 300円、入会者・未就学児 無料
posted by 行人坂教会 at 12:44 | 毎週の礼拝案内

2012年12月12日

幽径耽読 Book Illuminationその4

  • 「HUNTER×HUNTER/ハンター×ハンター」第13巻「参戦」(冨樫義博作、集英社)
    私が一番好きなキャラはレオリオです。そのレオリオが放出系(?)の念能力で、ジンに一撃を喰らわす場面が愉快。ネテロ会長亡き後の選挙戦から、ゾルディック家のお家騒動へ話がシフトしつつあります。いつものことだけど、面白くなれば良いです。
  • 「六本指のゴルトベルク」(青柳いづみこ著、中公文庫)
    娘をピアニスト、ヴァイオリニストにしようと懸命な母親たちがいる。つくづく「駱駝が針の穴を通る」ような虚しい夢なのだと思う。それも、児童虐待に近いという意味では悪夢。しかし、その悪夢の中から、ミステリーやホラーが生まれるのだから、満更、捨てたものではありません。
  • 「戦闘技術の歴史2/中世編」(マシュー・ベネット他著、浅野明監修、野下祥子訳、創元社)
    ボヘミアのフス派が単なる宗教集団ではなく、「車輪の壁」という戦術兵器を開発した戦闘集団だということが分かりました。軍師ヤン・ジシュカ、偉い。コンスタンティノープルを攻め落としたオスマン帝国のスルタン、メフメト2世がキリスト教徒の女奴隷の息子だというのは知っていました。しかし、彼のために攻城用大砲(重量18トン)を作ったのも、ウルバンという名前のハンガリー人「背教者」だったのです。
  • 「邪悪な虫」(エイミー・スチュワート著、山形浩生監訳、盛岡桜訳、朝日出版)
    昔、厭魅の呪術で蠱毒を作ろうとしたことがあります。「矢毒」コーナーに紹介してあるアメリカ先住民ヤヴァパイ族の毒の製法が傑作。「鹿の肝臓にタランチュラ、ガラガラヘビを詰めて地中に埋め、その上で火を焚く。それから掘り出して腐らせた物をペースト状にする」のだそうです。まさに蠱毒です。
  • 「アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚」(クラーク・アシュトン・スミス著、大瀧啓裕訳、創元推理文庫)
    ラブクラフトとの最大の違いは、魅力的な女性の存在です。魔女、女吸血鬼、恋人、犠牲者…。「イルゥルニュ城の巨像」は、ゴーレム、大魔神、庵野秀明の巨神兵、エヴァの系列です。「分裂症の創造主」は、旧約聖書の真面目な読者が必ず突き当たるテーマを、上手にドラマ化しています。
  • 「新世紀エヴァンゲリオン」第13巻(貞本義行画、GAINAX作、角川書店)
    遂に「生命の樹/セフィロト」が青空を背景に具現化。お母さん、唯の台詞から、セカンド・インパクト後は、季節が夏限定であったことが漸く分かりました。確かに「夏」は黙示録や終末のキーワードですものね(マルコによる福音書13章28節以下)。
  • 「アド・アストラ/スキピオとハンニバル」第3巻(カガノミハチ作、集英社)
    独裁者ファビウスの苦しい消耗戦が描かれています。いよいよ、次の4巻では、カンナエの戦いに突入する訳ですが、ファビウスの最大の政敵、ウァロの登場場面が僅か過ぎて(説明不足でしょう)、少し心配です。
  • 「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」(町山智浩著、文春文庫)
    私が「アメリカ・キリスト教史」を教わった森孝一先生は、2004年当時、「民主党がグァンタナモ収容所の告発を徹底していれば、ブッシュ再選を防ぐことが出来たのに」と言っていました。しかし、民主党政権にとっても、グァンタナモは必要なのです。
  • 「エストニア紀行/森の苔、庭の木漏れ日、海の葦」(梨木香歩著、新潮社)
    テレビの紀行番組には、こんなに地味な素材はありません。この紀行文を読みながら、私は「地味」ということをズッと考えていました。ここに紹介されている、バルト海沿岸に広がる葦原の風景のように、静かにゆっくりとした営みを、東京のド真ん中にあっても、続けることは出来ないものでしょうか。
  • 「黄色い部屋の謎」(ガストン・ルルー著、宮崎嶺雄訳、創元推理文庫)
    うちの教会員に、翻訳者の娘さんがいます。「父は一行訳すのに一晩を費やしたこともありました」と言っておられました。本書は旧版が76版、新版が4版、計80版を重ねた古典中の古典です。古典なので読み進むのに難渋する章もあるにはありますが、それだけに最後の釣る瓶落としのような展開は胸がすきます。
  • 「影が行く/ホラーSF傑作選」(フィリップ・K・ディック他著、中村融編訳、創元SF文庫)
    異星の先住民の地下墓地に入った調査隊が出遭う恐怖を描いた「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」が最高。フェイスハガーの如き生物、大きな骨壷の列の中を逃げ回る情景などは『エイリアン』です。「睡の樹」に登場する、周辺環境ごと変化させて定着しようとするエイリアンも凄い。
posted by 行人坂教会 at 16:09 | 牧師の書斎から

2012年12月10日

12月第3主日礼拝(アドベント第3主日)

      12月16日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”心刺し貫かれても”        朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 2章22〜35節(p.103)
賛 美 歌  27、247、490、282、231、28
交読詩篇  113編1〜9節(p.130)

賛美歌練習 (1月の月歌:365番) 礼拝後   於 礼拝堂
posted by 行人坂教会 at 09:58 | 毎週の礼拝案内

2012年12月04日

12月第2主日礼拝(アドベント第2主日)

      12月 9日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”小さくされた人”         朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 25章31〜40節(p.50)
賛 美 歌  27、247、490、246、563、28
交読詩篇  113編1〜9節(p.130)
posted by 行人坂教会 at 16:13 | 毎週の礼拝案内

2012年12月03日

2012クリスマス諸行事のご案内

2012年の行人坂教会の「クリスマス関連の諸行事のご案内」のパンフレットです。

クリスマス関連の諸行事のご案内 2012


行人坂教会 クリスマス関連諸行事のご案内

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クリスマスの草木

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2012年12月01日

本当のクリスマス

1.乏しいクリスマス

私は今、ある年のクリスマスを思い出しています。私が洗礼を受けた母教会は、上賀茂伝道所(現・京都上賀茂教会)と言います。日曜日に深田未来生・ローラ御夫妻のお宅を開放して頂き、礼拝を行なっていました。お二人はUMC(United Methodist Church)の派遣した宣教師でもあって、その住居もUMCの所有でした。

その当時、ローラさんは京都YWCAのリーダーとして活躍されていて、経済格差の問題や飢餓の問題、女性を取り巻く問題、在日外国人の人権問題、環境問題などに携わっておられました。ある年のアドベント、彼女が「『乏しいクリスマス』を行なってはどうか」という提案を為さったのでした。どの教会でも(これは教会に限ったことではありませんが)、クリスマスと言えば、御馳走を用意してお祭り騒ぎです。時には、敢えて、慎ましい糧を分かち合う「乏しいクリスマス」の愛餐を行なって、貧困に悩む地域や人々を覚えてはどうか…。そのような話でした。

彼女の提案を受けて、実際に私たちは(本音は渋々ながら)「乏しいクリスマス」を開催したのでした。例年、イヴの夕礼拝後の愛餐に集まる豪勢な持ち寄りを「今年はやりません」とお断りした上で、教友に御案内申し上げました。すると、参加者が通常の日曜礼拝並みに少なく、閑散として寂しい限りでした。

こうして、結局「乏しいクリスマス」は1年限りのことと成ったのですが、それが今、私には、忘れ難いクリスマスとして思い出されるのです。あの時は「ええ、どうして、わざわざ御馳走のチャンスを潰すのさ」と反発していたのですが、今は「あの実験をもっと積極的に応援するべきだったのではないか」と後悔しているのです。

2.陳腐なクリスマス

当時、1980年代の前半で、未だ「バブル期」には入っていませんでした。しかし、もう数年を経過すれば、バブルは絶頂期に達し、山下達郎の大ヒット曲『クリスマス・イブ』に代表されるような、若者たちのクリスマスイメージ(クリスマスイヴは恋人と過ごす)が支配的に成ります。

あの時代、日本社会において、クリスマスのイメージは確実にリッチでお洒落な方向に向かっていました。いいえ、戦後社会が一貫して目指して来たものが遂に現出しつつあったのです。クリスマスイヴに、プレッピー(金持ちのボンボンの私立大学生)が恋人を誘って、予約したレストランに連れて行って、アクセサリーかプラチナの指輪か何かをプレゼントする…。このように書くと、如何にも陳腐に思われますが、今も街中に、美しいクリスマスのイルミネーションとして、それと同質の陳腐さが溢れています。

恐らく、私たち日本人が、キリスト教に含まれる数多の要素の中で、クリスマスに飛び付いたのは、そもそもが異教起源の祭りだからでしょう。言うまでも無く、クリスマスは、ミトラ教やドルイド教、北欧のユール祭、ローマの冬至祭、ゲルマンのオーディンの収穫感謝祭、ドナールの聖木祭などのハイブリッド(雑種)です。

異教的な要素が濃いから、クリスマスはダメだとは、私は思いません。そもそも「イエスの降誕」の記事からして、「東方の三博士」の登場によって、イエスさまが「異教徒の救い主」「異邦人の救い主」であることが言われているからです。「異邦人が…大きな光を見る」(マタイによる福音書4章15〜16節)ことこそ、福音の醍醐味です。クリスマスの夜に、正統的なユダヤ教徒の枠外にいる人たち(ベドウィンと異教徒の学者)が飼い葉桶に集められたのです。その意味では、現在のクリスマスも同じです。教会という狭い枠を超えた祭りなのです。従って、クリスマスを非キリスト教徒がお祝いしてくれることに対して、私は、神さまの深い御経綸を見る思いです。

そうは言っても、クリスマスが余りにもコマーシャルベースに(商業路線で)流されることに対しては、陳腐な印象を受けてしまいます。世間を批判して済む問題ではありません。キリスト教会の中にも、この時とばかりに華美に走る傾向があります。表参道にも見劣りしないイルミネーション、横浜港に負けないクリスマスツリーを…と、考えてはイケナイのです。何も「ヘロデの宮殿」に対抗する必要はありません。

3.教会のクリスマス

「乏しいクリスマス」を企画した時、ローラさんから、わざわざ、クリスマスに断食を行なうキリスト教のグループもあることを聞きました。確かに、そういう迎え方もあるのでしょう。「3.11」後の日本社会において、そのような信仰告白、神へのアプローチの仕方も必要かも知れません。けれども、クリスマスを楽しみにしている子どもを見ていると、無理強いは出来ません。そこまで追求すると偏屈に成ってしまいそうな気もします。むしろ、身の丈に合ったクリスマスをしましょう。

そこそこに質素に、明るく楽しい中にも、慎ましさを表現していきたいと思うのです。世間が華美に走るならば、そんなものと競合しないで、こちらは控え目なクリスマスを作ったら良いのです。それが教会らしいクリスマスでは無いでしょうか。もっと派手なクリスマスは、他に幾らでもあります。それを知っていて尚、キリスト教会のイヴ礼拝に来てくれる人がいます。多分、求めておられるのは「本当のクリスマス」です。

「本当のクリスマス」とは、キリスト信者が粛々と行なっている礼拝のことに他なりません。大きな仕掛けは要らないのです。近所の人たちも未信者の人たちも、イヴの夜には、キリスト信者に混ぜて貰って、ほんのちょっとだけ、神さまにお祈りしてみたいのです。それだけなのです。それで十分なのです。有り難い、感謝すべき話ではありませんか。

牧師 朝日研一朗

【2012年12月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 16:03 | ┣会報巻頭言など