2013年01月29日

2月第1主日礼拝(創立110周年記念礼拝)

       2月 3日(日) 午前10時30分〜11時45分
説  教 ”弱小低遅狭!(じゃくしょうていちきょう)”音楽
               木村良己牧師(同志社高等学校・中学校校長)
聖  書  マタイによる福音書 7章13〜14節(p.12)
賛 美 歌  27、394、490、57、443、88
交読詩篇  125編1〜5節(p.147)

・創立記念弦楽四重奏ミニコンサート音楽 午前11時50分開始予定  礼拝堂
  出演:齋藤羽奈子(1stVn)、吉武由夏(2ndVn)、柘植藍子(Va)、吉田弦(Vc)
・記念写真撮影        午後0時15分開始予定  礼拝堂
・創立記念愛餐会       午後0時40分〜2時予定 階下ホール
  司会:大澤慶子、ギター演奏と歌:小林 契
  スピーチ:津守 眞、林 和彦、山田陽子、木村良己牧師、その他
・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 10:22 | 毎週の礼拝案内

2013年01月28日

私だけの十字架【ルカ 9:21〜27】

聖句「わたしに付いて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(9:23)

1.《特捜最前線》 昨年、病没した俳優の二谷英明と大滝秀治の出演していた『特捜最前線』という刑事ドラマがありました。エンディングに流れる「私だけの十字架」という主題歌が胸に染みました。歌詞を吟味すると「丘の白い十字架」「風と語る十字架」とも歌われていて、愛する人の不在を歌っているようです。

2.《心の十字架》 長年、水上隣保館の館長を務められた中村敏夫牧師が、昔こんな話をされました。神学校を卒業したばかりの若い牧師が、開拓伝道のために任地に赴きました。牧師の息子が「パパ、この教会、十字架が無いね」と尋ねたそうです。その話に中村牧師は胸を打たれたのです。「彼は十字架を建てるため、十字架の無い教会に、十字架を背負って行ったのです」。続けて、中村牧師は「十字架が屋根の上に建っていても、十字架の無い教会が多くなったのではないかと反省させられました」とも仰っています。

3.《キリスト印》 「十字架を背負う」とは「十字の印の烙印を押されること」と言った人がいます。パウロも「私は、イエスの焼き印を身に受けている」と言っています。ヤンキーや暴走族の世界では、昔から「命彫り」といって、胸や腕に好きな女の名前を入れたりしました。会堂の屋根に建っている十字架は隠すことが出来ません。問題は私たち自身なのです。主は「日々、十字架を背負って」と仰っています。私たちが一週間の殆どを過ごしているのは、十字架の無い世界です。十字架の無い所に行って、イエスさまを忘れてしまうのではいけません。十字架の無い所に行くからこそ、主に同伴して貰うのです。

朝日研一朗牧師

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2013年01月26日

幻の映像作家と京橋教会

1.京橋教会

私たちの行人坂教会は、2月第1主日をもって、創立110周年記念の年度に入ります。丁度、そんな折、牧師のもとに、ある問い合わせの電話がありました。それは、行人坂教会の前身である日本組合京橋基督教会時代についての事柄でした。お電話の主は、佐藤洋さんと仰る(高良健吾似の)青年で、現在、早稲田大学大学院文学研究科博士課程後期で、映画史を研究している方でした。

行人坂教会の初代牧師は、二宮邦次郎先生です。現在の牧師館の玄関にも「二宮邦次郎牧師記念牧師館」とプレートが貼ってある通りです。二宮牧師は同志社に学び、新島襄から洗礼を受け、郷里の備中高梁でキリスト教の伝道します。これが現在の高梁教会の基礎と成っています。更に瀬戸内海を渡って、今治、松山で伝道に活躍されました。松山教会と松山女学校(松山東雲学園)の設立にも寄与されています。その後、意を決して上京し、京橋教会の設立に尽力されたのです。

その京橋教会の草創期、二宮牧師を助けて、教会形成に協力なさったのが、松岡鎮枝姉です。鎮枝姉は、幼くして息子さんを亡くされたことを契機に、1903年、洗礼を受けて居られます。以後、ご自宅を開放して、木曜日の夜に聖書研究会を開催して居られたそうです。かの社会事業家、留岡幸助牧師(監獄制度の改革者、報徳主義者)とも幼馴染で、京橋教会が報徳銀行の土地建物を購入する場面でも、鎮枝姉が留岡牧師(当時、霊南坂教会)に相談しながら事を進めていたそうです。

その鎮枝姉の家庭で行なわれていた聖書研究会に出席していた人物の一人に、能勢克男という人物がいました。この能勢克男こそが、佐藤さんが研究している映画史のテーマなのだそうです。

2.能勢克男

能勢克男(1894−1979)は、同志社大学法学部の教授、弁護士という肩書きに留まらず、京都家庭消費者組合(現在の京都生活協同組合)の設立者、週刊誌『土曜日』の発行責任者を務めて、治安維持法で投獄までされている、戦前の日本を代表するリベラル知識人です。戦後は、夕刊京都新聞社(現在の京都新聞)を設立し、編集局長を務めています。更には、「松川事件」(米占領下で起こった奇怪な事件の1つ)では、弁護団に参加して、冤罪の容疑者を救うために活躍しています。

これだけでも凄い人なのですが、能勢は映画作家でもあったのです。琵琶湖から京都市内の疎水を辿る『疎水、流れに沿って』(1934年)、モガの最先端とされたバスガールの日常を追った『飛んでゐる處女』(1935年)、「土曜日」同人のピクニックを撮影した『土曜日の一周年』(1937年)等の、8ミリによるドキュメンタリー映画を撮っているのです。

1989年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で、『疎水』が上映されて、大反響を呼んで以来、「幻の映像作家」として再評価されているのです。上映会が行なわれたり、DVD『ファシズムと文化新聞「土曜日」の時代/1930年代能勢克男映像作品集』(六花出版)が発売されたりしています。

この能勢克男が松岡鎮枝姉の甥に当たるのだそうです。東京帝国大学に入学した1915年以後、松岡家の木曜日の会に出席していたらしいのです。出席者の中には、能勢の親友、田中耕太郎もいたのです。田中は、戦後の第1次吉田内閣の文部大臣、日本国憲法に署名した一人です。その後、最高裁長官を任じられ、「砂川事件」の判決では「統治行為論」という玉虫色の判決を下したことでも有名です。

佐藤洋さんは、能勢克男が松岡家の聖書研究会に大きな影響を受けたのではないかと推察されているのです。以下、佐藤さんのお便りです。「数年間の研究で、能勢克男の思想的原動力として、キリスト教の影響が生涯大きかったことは、実証されてまいりましたが、そのディティールを考えていくと、多感な学生時代に、京橋教会、木曜の集まりで受けた影響が、とても大きかったのではないかと、僕は考えています。」

3.苗床教会

「能勢さんの映画運動は、とても特異なものでした。自分で8ミリカメラをもって、仲間たちとつくったドキュメンタリー映画が、まず表現として、とてもすぐれています。そして、観客の集まり(消費組合)を京都映画クラブとしてつくりだします。京都映画クラブは、撮影所の見学会をしたり、入場料金の割引をしたり、合評会をしたりで、先駆的な観客団体でした。僕はずっと、どうして能勢さんは、こんなに特別ですばらしいことができたのだろうか?と考えてまいりました。」

佐藤さんから頂いたお便りを読みながら、私も学生時代に「京都映画サークル協議会」という団体に所属していて、岩波ホール系の映画や昔の埋もれた名作を観たことを思い出しました。そう言えば、会場になっていたのは、いつも「勤労会館」だったのですが、能勢の「京都映画クラブ」と何か繋がりがあるのでしょうか。

そんな個人的な思い出はともかく、創立110周年の記念年が幕開けしようとする時期に、京橋教会草創期についての問い合わせを受け、当時の「月報」「会報」「前進」「あけぼの」「二宮邦次郎先生の面影」等の文献を閲覧させて貰いたいという申し出のあったことに、不思議な御導きのようなものを感じないではいられませんでした。

早速、教会資料委員会に本件を依頼して、佐藤さんが資料を閲覧し、研究に協力して頂けるようお願いしました。京橋教会=行人坂教会は、キリスト教信仰の普及伝道のみならず、日本の思想史・文化史にも大きく貢献した点が実証されるとしたら素晴らしいことです。

牧師 朝日研一朗

【2013年2月の月報より】

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2013年01月22日

1月第4主日礼拝

       1月27日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”私だけの十字架” 音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 9章21〜27節(p.122)
賛 美 歌  27、365、490、441、461、29
交読詩篇  103編1〜13節(p.115)

昼食サービス(カレーライス:300円) 礼拝後   於 階下ホール

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2013年01月21日

取るに足りない僕 【ルカ 17:5〜10】

聖句「自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」(17:10)

1.《的外れな祈り》 「信仰を増して下さい」という祈りは的外れです。信仰は有るか無いかの2つに1つで、少ないの多いのと分量を測るものではありません。イエスさまは「芥子種1粒ほどの信仰があれば」とまで言って下さっています。当時の人が考える最小の物体です。信仰は量の問題ではないのです。それなのに「増し加えろ」と呟くのは筋違いです。足りないのは私たちの側です。

2.《山をも動かす》 アニメ『ファンタジア』の「魔法使の弟子」は、労働を厭う余りに、箒に呪文を掛けて働かせ、失敗します。イスラムの預言者ムハンマドは、信仰によって山を動かしたという伝説がありますが、ピレンヌは「山が動かなければ、ムハンマドが歩いて行く」と言明しています。これこそが信仰なのです。魔法は、自分は何もせず、人を動かそうとしますが、信仰は自分から働いて行くのです。魔法は自らに仕えさせようとしますが、信仰は自ら仕えて行くのです。

3.《奉仕から奇跡》 信仰が「浅いの深いの」と言うのは「相対評価」です。本当の信仰の世界は「絶対評価」なのです。神さまは、あなたを「世界で1つだけの存在」と言われるのです。測定も比較も出来ません。関係概念なのです。自ら仕えよう、この心さえ取り違えなければ、信仰は奇跡を起こすのです。戦国時代の『どちりな・きりしたん』は「悪魔」を「天狗」と訳しています。世間では善行は美談になりますが、信仰の世界ではニュースになってはいけません。僕は「為すべき事をしたに過ぎない」からです。「取るに足りない」は「無益な」の意味です。主がいらっしゃらなければ、私たちは無に等しいのです。

朝日研一朗牧師

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2013年01月15日

1月第3主日礼拝

       1月20日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”取るに足らない僕”        朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 17章5〜10節(p.142)
賛 美 歌  27、365、490、565、472、29
交読詩篇  103編1〜13節(p.115)

賛美歌練習 (2月の月歌:394番)  礼拝後   於 礼拝堂
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2013年01月14日

新しい命に生きる 【ローマ6:1〜14】

聖句「私たちは洗礼によって、キリストと共に葬られ、その死に与る者となりました。それは…私たちも新しい命に生きるためなのです。」(6:4)

1.《罪の中に》 ダビデの名を冠した「詩編」51編は「私は罪の中に生まれた」と告白します。ダビデの如き大悪人に及びませんが、私たちも罪の中に生まれ、罪の世にあって汚辱にまみれながら生きなければなりません。その現実に挑むための律法でしたが、この世にもたらされるや否や律法は粉々に砕かれてしまいました。以来、不完全な律法の故に、却って罪が増す結果となったのです。

2.《死に与る》 パウロは「律法が入り込んで来たのは、罪が増し加わるため」であったとしながら、続けて「罪が増したところには、恵みは尚一層満ち溢れ」たと言います。罪が増せば、悲しみや苦しみが深まるものです。そこに何の恵みが生まれるでしょうか。パウロは「罪に対して死になさい」と勧めるのです。それこそが「新しい命に生きる」ことになるのです。イエスさまは、十字架にあって「罪に対して死なれた」のです。「罪の内に死なれた」のではありません。

3.《命に与る》 人生を悲劇にすることは簡単です。実際、悲劇は有り触れたものです。何の努力もせず、性急に安逸を求めるだけでは、悲劇の繰り返しにしかなりません。「罪に生き罪に死ぬ」のも簡単です。「罪に死に新しい命に生きる」のには努力が要ります。泣いて生まれる赤ん坊が笑い始めるまでには、大変な努力と時間を要するのです。もし、赤ん坊が笑わないのなら、何とかして笑わせようと抱き締めるのが親心です。それが、イエスさまの御心なのです。私たちは恵みの下にあるのです。そのことに気付いて感謝と愛を表すのが「福音」です。私たち自身が「福音」となって生きることが出来るのです。

朝日研一朗牧師

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2013年01月08日

1月第2主日礼拝

       1月13日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”新しい命に生きる”        朝日研一朗牧師
聖  書  ローマの信徒への手紙 6章1〜14節(p.280)
賛 美 歌  27、365、490、274、276、29
交読詩篇  103編1〜13節(p.115)
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2013年01月07日

わたしにふさわしい時【詩編 31:15〜25】

聖句「わたしにふさわしいときに、御手をもって、追い迫る者、敵の手から助け出してください。」(31:16)

1.≪ボンドと芭蕉≫映画『007は二度死ぬ』は原題を「You Only Live Twice」と言います。『暗黒街の弾痕』(You Only Live Once)のもじりと思っていましたが、フレミングの原作の中で、松尾芭蕉の俳句「命二つ生きたる桜かな」に感服したボンド中佐が「人生を実感できるのは二度だけ/生まれた時と死ぬ時と」と短い英詩を詠む場面こそが、その由来と知りました。

2.≪知恵のはじめ≫知恵のはじめは「時を知る」ことです。農民は、蒔く時、植える時、収穫の時を知っていました。つまり、作物を通して、生と死を知っていました。 「時がある」とは神の摂理に関わることです。人間は理屈を付けて説明しますが、結局は分からないのです。時の中で生きる私たちは、時を超えて生きることは出来ません。病気や障碍、老衰と死があります。そこに、私たちの限界があります。しかし、その限界があるという現実こそが、信仰のスタートラインなのです。そこから信仰が始まるのです。

3.≪相応しいとき≫「詩編」31編の詩人も、限界状況にあって悩み苦しみ、祈る人です。病気を抱えているのか、衰えに悩んでいるのか、その上に、敵からの陰険な攻撃を受け、更には、友人も遠ざかって行きます。また、不幸の中で、自分を責めるようにまで至るのです。この八方塞の中で、「わが時は神の御手の中にあり」と悟るのです。人の手には負えぬ事態に、神の手の内に自らを引き渡す覚悟をしたのです。自分は神さまのものだったのです。楽しい時だけ、御手に守られているのではありません。 苦しみの時も御手に委ねられているのです。それ故に、安んじて歩んで参りましょう。

朝日研一朗牧師

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2013年01月02日

1月第1主日礼拝(2013新年礼拝、公現日)

       1月 6日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 ”わたしにふさわしい時”      朝日研一朗牧師
聖  書  詩編 31編15〜25節(p.861)
賛 美 歌  27、365、490、469、278、82、29
交読詩篇  103編1〜13節(p.115)
posted by 行人坂教会 at 10:38 | 毎週の礼拝案内