2013年05月06日

キリストは昇天す【使徒言行録1:6〜11】

聖句「こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて、彼らの目から見えなくなった。」(1:9)

1.《期間限定》 イースターから数えて40日目がキリストの「昇天日」です。聖書では「40」はエポックの数字、銀行預金の「満期」です。しかも、復活から昇天までは、人間の体で言えば、骨と骨とを繋ぐ関節のような、「イエス・キリストの時代」から「教会の時代」へと移る節目だったのです。イエスさまが御自ら復活の生き証人として活動された「聖なる期間」でもあったのです。

2.《大喜びで》 イエスさまが「天に上げられ」てしまいました。別離は寂しい悲しい出来事かと思われますが、前編「ルカによる福音書」巻末には、弟子たちが「大喜びで」あったと書いてあるのです。ここに、人生を生きる「喜びの秘訣」が隠されています。昇天の主は私たちを「祝福」なさったのです。祝福は存在の肯定です。また「見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続」します。そして、この昇天の出来事を通して、天と地とが、神と人間とが結ばれたのです。今や「御顔を向けて下さい」と祈りことが出来るのです。

3.《世に帰る》 昇天の出来事はベタニア近郊の丘の上だったらしく、古来、欧州では礼拝行進をしたり丘の上で野外礼拝をする伝統がありました。丘の上で、キリスト昇天を見つめている弟子たちに、天使が登場して「なぜ天を見上げて立っているのか」と言います。聖書の天使は、私たちを天の上ではなく、地上へと促すのです。天使の言葉は「聖霊降臨」の出来事を前提としていますが、それ以上に、昇天の祝福が「宣教への祝福」でもあることを思わされます。私たちが主の復活を証しする時、キリストは生きて働かれるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:28 | 毎週の講壇から