2013年09月16日

お積み立ては天国銀行へ【マタイ6:19〜21、24】

聖句「富は、天に積みなさい。…あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」(6:20,21)

1.《銀行ありき》 イエスさまの時代には、既に「銀行」がありました。「タラントンの喩え話」や「ムナの喩え話」に「銀行」という語が出て来ますから、間違いありません。いずれも、損失を恐れる余りに資金運用を怠り、地面に隠して置いた僕が「役立たず」と言われて追い出される話です。教会では、神の賜物の話に読み替えようとしますが、正直、露骨なお金儲けの話です。

2.《商売と金融》 ユダヤ人は「お金儲けが上手」と言われています。実際、ロスチャイルド財閥やクーン=レーブ商会があり、シェイクスピアやディケンズの作品にも「強欲なユダヤ人」が登場します。しかし、それは飽く迄ステレオタイプ、日本人が皆「サムライとニンジャ」で無いのと同じです。律法に金貸しを禁じられていたユダヤ人ですが、バビロン捕囚期に止む無く業務を始めています。強い絆を利用して金融業と総合商社を立ち上げたのです。同時に商業倫理も発達して仕入れ値の1割6分以上は暴利であるとされました。

3.《宝を奉げる》 イエスさまは「銀行」まで自作のコントに仕込んで居られる程に台本作家でしたが、御自身は教会の組織化も、大聖堂建築も、信徒動員のリバイバル集会も為さいませんでした。むしろ、群集が集まると、移動して行きました。集まり過ぎた群衆のために、ご飯の心配を為さるような御方でした。終生「富」とは無縁でした。24節の「富/マモン」とは「拝金主義」です。19節以下の「富/セサウロス」は「宝」と訳すべきでしょう。「花咲爺」のように、ひょんなことから見つけるものです。「銀行」に積み立てるものではありません。積み立てるならば天の神に感謝して、その喜びをお奉げするのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:09 | 毎週の講壇から