2013年12月10日

12月第3主日礼拝(アドベント第3主日)

      12月15日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”受ける喜び、与える幸せ” 音楽   朝日研一朗牧師
聖  書  使徒言行録 20章31〜38節(p.225)
賛 美 歌  27、254、490、8、190、25
交読詩篇  113編1〜9節(p.130)

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posted by 行人坂教会 at 10:03 | 毎週の礼拝案内

2013年12月09日

恵みは恵みから生まれる【ルカ2:1〜7】

聖句「初めての子を産み、布に包んで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(2:7)

1.《ピエタ》 十字架から降ろされたキリストの死体を、母マリアが抱きかかえて見つめる図像を「ピエタ」と言います。「憐れみ、同情、慈悲」という意味です。しかし、ラテン語の「ピエタス」には「悲しみ」や「嘆き」を感じさせるような意味内容は全くありません。「ピエタ」は14世紀ドイツで「祈り念じるための図像」として生まれ、専ら個人の魂の救いを願って祈られるようになりました。我が子を失う究極の悲しみを知る聖母の憐れみに縋ったのです。

2.《死の影》 クリスマスはキリストの降誕を祝う季節ですが、それだけには終わらないのです。クリスマスには「死の影」が漂っています。ヘロデ王によるベツレヘムの嬰児虐殺の物語があり、生後間もないメシアはエジプトに逃れます。イエスさまは「難民」として生まれたのです。難民の物語は族長アブラハムやヤコブにまで遡ります。「出エジプト記」には、ヘブライ人の赤ん坊虐殺命令、エジプト人の初子の死という、これまた血生臭い話があります。クリスマスは否応も無く、虐殺と報復、難民の歴史へと繋がって行くのです。

3.《御恵み》 お目出度い季節に、こんな血生臭い事柄を採り上げなくてもよいではないかと思われるかも知れません。しかし、神さまは繰り返し「クリスマスの意味を忘れるな」と仰るのです。「お祝いをするな」と言うのではありません。「何故に祝うのか、省みよ」との仰せです。苦難を乗り越えたからでも、解放されて自由に成ったからでも、満腹になったからでもありません。未だ解放されぬ者にとっても、苦難と飢えの中にある者にとっても、クリスマスなのです。この血生臭い世界に、イエスさまが難民としてお生まれになったからです。本当のクリスマスは誰も「置き去り」にはしないのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:34 | 毎週の講壇から

2013年12月06日

2013クリスマスイヴ賛美礼拝のお知らせ

次のご案内を出しております。

2013行人坂教会クリスマスイヴ賛美礼拝
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2013年12月03日

12月第2主日礼拝(アドベント第2主日)

      12月 8日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”恵みは恵みから生まれる” 音楽   朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 2章1〜7節(p.102)
賛 美 歌  27、254、178、229、25
交読詩篇  113編1〜9節(p.130)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 11:15 | 毎週の礼拝案内

2013年12月02日

ぼく、インマヌエル【マタイ1:18〜25あ】

聖句「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(1:21)

1.《エマニュエル》1970年代に『エマニエル夫人』という映画が一世を風靡しました。シリーズ化され、凡百の亜流作品が生まれました。ある年のアドベントに、説教ネタに頭を悩ましていた私は、聖書の「インマヌエル」が「エマニュエル」と同じ名前であることに気付いて仰天しました。エロ映画のヒロインの名前にしたのは、一種の挑発だったのでしょう。

2.《インマヌエル》キリスト教文化圏では、エマニュエルという名前は珍しい名前ではありません。姓名の両方にあり、男女の両方にあります。各界に「エマニュエル」の名前を持つ人がいます。英語圏では「エマ」、西語圏では「マヌエル、マヌエラ、マヌー」という略称も普及しています。日本で言えば「友夫、友子」です。ホーリネス系の教会が「インマヌエル」を冠に付ける理由は「神は我らと共に在す」の権威を前面に押し出しているのでしょう。ところが、実際には、これは、ごくごく有り触れた名前であったのです。

3.《イエスの名前》聖書の時代には、反対に「イエス」という名前こそ有り触れた名前でした。珍しい名前では無かったので、ヨセフもマリアも抵抗を感じなかったことでしょう。パウロの協力者にも同名の人がおり、旧約続編「シラ書」の著者も同名、磔刑を許されたバラバもイエスなのです。特別に神聖な名前ではありませんでした。また、誰にでも言い易い名前、発音し易い名前でもあったのです。実は、ここにこそ「インマヌエル」の奥義が隠されているのです。古代人は神の名前を長くしたり、発音しににくしたりしました。けれども、神さまは幼い子どもにも老人にも唱えられる名前を与えられたのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:30 | 毎週の講壇から