2013年12月09日

恵みは恵みから生まれる【ルカ2:1〜7】

聖句「初めての子を産み、布に包んで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(2:7)

1.《ピエタ》 十字架から降ろされたキリストの死体を、母マリアが抱きかかえて見つめる図像を「ピエタ」と言います。「憐れみ、同情、慈悲」という意味です。しかし、ラテン語の「ピエタス」には「悲しみ」や「嘆き」を感じさせるような意味内容は全くありません。「ピエタ」は14世紀ドイツで「祈り念じるための図像」として生まれ、専ら個人の魂の救いを願って祈られるようになりました。我が子を失う究極の悲しみを知る聖母の憐れみに縋ったのです。

2.《死の影》 クリスマスはキリストの降誕を祝う季節ですが、それだけには終わらないのです。クリスマスには「死の影」が漂っています。ヘロデ王によるベツレヘムの嬰児虐殺の物語があり、生後間もないメシアはエジプトに逃れます。イエスさまは「難民」として生まれたのです。難民の物語は族長アブラハムやヤコブにまで遡ります。「出エジプト記」には、ヘブライ人の赤ん坊虐殺命令、エジプト人の初子の死という、これまた血生臭い話があります。クリスマスは否応も無く、虐殺と報復、難民の歴史へと繋がって行くのです。

3.《御恵み》 お目出度い季節に、こんな血生臭い事柄を採り上げなくてもよいではないかと思われるかも知れません。しかし、神さまは繰り返し「クリスマスの意味を忘れるな」と仰るのです。「お祝いをするな」と言うのではありません。「何故に祝うのか、省みよ」との仰せです。苦難を乗り越えたからでも、解放されて自由に成ったからでも、満腹になったからでもありません。未だ解放されぬ者にとっても、苦難と飢えの中にある者にとっても、クリスマスなのです。この血生臭い世界に、イエスさまが難民としてお生まれになったからです。本当のクリスマスは誰も「置き去り」にはしないのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:34 | 毎週の講壇から