2014年01月28日

2月第1主日礼拝(創立記念礼拝)

       2月 2日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 ”雪落ちてまた帰らず” 音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  イザヤ書 55章8節〜13節(p.1153)
賛 美 歌  27、153、490、391、390、74、28
交読詩篇  119編129〜136節(p.142)

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posted by 行人坂教会 at 06:12 | 毎週の礼拝案内

2014年01月27日

安らかに過ごしなさい【Uペトロ3:14〜18】

聖句「だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、疵や汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。」(3:14)

1.《パドック》 競馬場にはパドックと言われる馬場があります。出走する馬が厩務員に手綱を引かれて数周回するのです。観客は出走馬の品評をしますが、馬たちは筋肉を温め気合を入れたり、落ち着いたりした上で、騎手を乗せてコースへの移動します。教会もパドックのような場です。自らの心を落ち着け、神や人との関係を繋ぎ直して、イエスさまをお乗せして生活へと遣わされるのです。

2.《平和の中》 14節は「平和の内に見出される」が直訳です。前の口語訳は「安らかな心で」、新改訳は「平安をもって」と訳していますが、単に「心安らか」とか「みんな仲良く」という意味ではありません。この語の背景には、ヘブル語の「シャローム/平和」があります。旧約聖書の「シャローム」は、何よりも先ず「私たちと神との正しい関係」を言います。ですから、極端な言い方をすれば、心穏やかでなくても、心がザワザワしていても良いのです。それでも、私たちは神さまによって救われているのです。自分で努力して獲得する「心安らかさ」ではありません。人の目にどう映るかではないのです。真実を見て居られる神に対して、嘘偽りなく生きているかどうかということなのです。

3.《私の足場》 17節の「堅固な足場を失わないように注意しなさい」も大切です。以前は「確信」や「堅実さ」と観念的に訳されていましたが、「堅く据える」という建築用語なのです。16節の「心の定まらない」は、むしろ「足場がグラついている」です。大切なのは「心」ではなく「足場」なのです。信仰者の「足場」とは「キリストを知ること」です。それも単なる知識や教義の丸暗記ではなく、イエスさまと出会うことです。イエスさまとの出会いは、聖書を読んで勉強することだけにあるのではありません。讃美歌や祈りの中にもあります。他の人たちとの出会いや対話の中にも、礼拝の中にもあるはずです。

朝日研一朗牧師

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2014年01月25日

光あるところ影がある

1.新島襄の手紙

「先日桂兄より、〔メソジスト派の〕銀座教会のわが新肴丁教会の頭の上〔階上〕に移し、大不都合を生じ云々、明細に御記し一書ご投与に預かり、小生もこれがため甚だ心痛仕り候。しかしながら右の挙動はクリスチャンのなすべき事か否かは、目ある者は見るべき、心ある者考うべし。我輩決して頓着するに及ばず。少年書生の?歎(こうたん)不平を鳴らす者もあるべけれども、なにとぞ桂兄その他の兄弟とも克々ご相談ありて、至急にその所を御立ち退き、少しも不平の色をも顕さず、わが教会の信徒はどこまでも基督の僕たるを表明すべし。定めて移転するに当たりては幾分かのご入費もあるべけれども、これは横浜のグリーン先生とも速やかにご相談あり、またご不足あらば幾分か西京(京都)信徒中よりもご加勢仕るべく候間、ご遠慮これなきよう仕りたく候。」

新島襄が小崎弘道に宛てた手紙の一節です(同志社編『新島襄の手紙』岩波文庫)。日付は1880年(明治13年)2月25日と成っています。小崎は後に、この新肴町教会の後裔として霊南坂教会、更には番町教会の設立に関わっていくのです。文中の「桂兄」とは、新肴町教会を創立した中心人物の1人、桂時亮(かつら・ときあき)です。

この一件には、普段温厚な新島も心を痛め、「これがクリスチャンの為すべき事か!」とまで述べて憤激しています。実際、同志社の学生の中にも、怒り歎く者が数多くあったようです。しかし、新島は「どうせ借家」と思い切ったのか、「頓着するに及ばず」と言い放ち、むしろ「至急にその所を御立ち退き、少しも不平の色をも顕さず、わが教会の信徒はどこまでも基督の僕たるを表明すべし」と、小崎に潔く勧めています。

2.創立の光と影

当時、津田仙が新肴町に農学校の分校を所有していて、組合教会はその建物の2階の1室を借り受けて、新肴町教会として日曜礼拝を守っていました。津田仙は明治の農学者、(津田塾の設立者)津田梅子の父親です。青山学院女子部の前身である「救世学校」の創立者でもあります。ところが、築地美以(メソジスト)教会(もしくは「東京福音会」でしょうか)が津田から農学校の建物ごと買い取ってしまい、銀座美以教会を移設したのです。

その辺りの事情を『銀座教会九十年史』に引用されている、田村直臣著『信仰五十年史』から孫引きします。「…幸にも津田先生は我等に同情を寄せられ、新肴町分校の建物全部を僅かなる金にて譲り渡された。其の建物は学校に用いられてゐたから、二階も下も三ツの教室に別れて居った。我等は三百円を投じて、其二階の仕切りを取り外して一ツの室とし、其れを会堂に用ゐ、下は一部を牧師館に、一部を貸家として、其の上り高を以て、政府の納める月賦となし、新教会堂を新肴町に設け、銀座教会を京橋教会と改称した。」

「我等が津田先生から其の分校を譲り受けた結果、組合教会は他に立退かなければならぬ場となったが、急に移るべき場所もなく日曜日の如き二階は長老教会、階下は組合教会の集会を同時に催したことがあった。」 銀座教会側からすると、こういう和気藹々な表現に変わります。先の新島の手紙にあった「右の挙動はクリスチャンのなすべき事か否かは、目ある者は見るべき、心ある者考うべし」と読み合わせると、受ける印象の違いは明らかです。また、建物2階部分の改装だけに「3百円」(現在の3百万円くらい)をポンッと使ってしまうところ等、「東京福音会」の資金が潤沢だったことが分かります。

対して、組合教会の「日本基督伝道会社」の窮状ぶりを、同じ新島の手紙(小崎宛て)に読み取ることが出来ます。「貧乏なる伝道会社より受くるを辞するは少(すこ)しく君の心に快なるべし。しかし、君の貴重なる時間を幾分か教授に費やして、自己の学識進歩、並びに東京市中の伝道に失うところ幾何(いくばく)ぞ。なにとぞこれを天秤に懸け賜え。もし月々ご不足あらば小生までこれを告げ賜え。小生幾分か会社に関せず、主基督のために尽力すべし。主のために働く者はその償(つぐない)を受けて苦しからず。」

資金力の違いは、アメリカの宣教団からの協力援助の有無です。結局は「小崎らが他の教会とは異なって、外国依存を排し、自主独立を強く目指していたこともあり、その経済的困難や集会の不振は覆うべくもなかった」(『行人坂教会百年史』p.3)との説明に尽きます。

3.誰による政治

とは言え、そんな出来事も今は昔、銀座教会も青山学院も内実としては、もはやメソジストとは言えません。メソジストの政治形態である「監督制」が機能していないからです。因みに、先程からメソジストの略称として「美以」という漢字の熟語が出て来ますが、これこそは「Methodist Episcopal」の頭文字「ME」の当て字です。「エピスコーパル」とは「監督教会、監督主義」の意味です。

その上、先の事件から数年後には、小崎その人が積極的に、組合教会と一致教会(長老派)との合同を推進するようになります。大河ドラマ『八重の桜』には(当然)全く触れられていませんでしたが、新島襄の寿命が10年以上短くなったのは、この「教会合同問題」によるとされています。新島は終生「合同」反対を貫きました。寡頭政治(長老主義)を受け入れれば、組合教会の生命である自由と民主主義(会衆主義)は失われると考えていたようです。実際、当時の日本人で、「教派/denomination」というものを正しく理解していたのは、新島だけだったのでしょう。

そもそも日本のプロテンタント諸派には、教派が枝分かれして行った歴史が欠落しています。ですから、表向きは「学閥」として存在しているだけのように思われます。しかし、これは新島が主張し続けたように、教会の政治形態の違いなのです。政治制度に対する無理解は、教会においても致命的なのです。このことは、私たちも心して覚えて置くべきです。

牧師 朝日研一朗

【2014年2月の月報より】

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2014年01月21日

1月第4主日礼拝

       1月26日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”安らかに過ごしなさい” 音楽    朝日研一朗牧師
聖  書  ペトロの手紙U 3章14節〜18節(p.439)
賛 美 歌  27、122、490、367、412、26
交読詩篇  98編1〜9節(p.111)

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2014年01月20日

成熟を目指して【ヘブライ5:11〜6:12】

聖句「…基本的な教えを学び直すようなことはせず、キリストの教えの初歩を離れて、成熟を目指して進みましょう。」(6:1-2)

1.《成熟社会》 英国の物理学者、未来学者のデニス・ガボールが、1972年に『成熟社会』という本を出しました。物質万能主義を否定し精神性を、経済成長と大量消費ではなく生活の質の向上を求めるのです。持続可能なこと、身の丈に合うこと、多様性に個性、生活者の視点…。素晴らしい価値観が提案されています。しかし、残念ながら、現在の日本の政治は逆行を始めています。

2.《美容整形》 為政者たちが連呼する「成長」はアンチエージングと同じです。美容整形と厚化粧で見た目の美を維持しようとするのに似ています。その意味では「中身は空っぽ」と自白しているようなものです。大切なのは内面の美です。むしろ「全ての事には季節があり、全ての業には時がある」のであり、「神の成されることは皆その時に適って美しい」のです。以前のように働くことが出来ずとも、神は祈りの業を与えられます。神さまは目に見えることではなく、私たちの内実を見守って居られるのです。「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」のです。「時宜に適っていること」が、即ち「美しい」のです。

3.《人生全う》 悔い改め、信仰、洗礼、按手、復活、終末と審判。どれも教会が大切にしている要素ですが、それを「打ち捨てて」成熟を目指せと言われています。言葉や教え、教理や儀式ではなく、実際に「生きよ」と言うのです。11節「熱心さ」も「勤勉さ、律儀さ」の意味です。信仰は生きられるべきもの、持続可能性、身の丈に合った、多様性と個性という鍵語の通りです。「成熟」とは「完成、完了」です。十字架上の「全てが終わった」の御言葉とも繋がります。私たちがキリスト者としての人生を「全うする」という意味です。無理して誰かに合わせる必要もなく、多様性と個性が保証されているのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:20 | 毎週の講壇から

2014年01月14日

1月第3主日礼拝

       1月19日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”成熟を目指して”  音楽      朝日研一朗牧師
聖  書  ヘブライ人への手紙 5章11節〜6章12節(p.406)
賛 美 歌  27、122、490、163、481、26
交読詩篇  98編1〜9節(p.111)

賛美歌練習 (2月の月歌:153番)  礼拝後   於 礼拝堂
あいさつの会(相互交流の会)      賛美歌練習後
 (さんび)礼拝堂、(聖書輪読)記念室、(Café de 行人坂)階下ホール

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posted by 行人坂教会 at 08:13 | 毎週の礼拝案内

2014年01月13日

ルールは人のためにある【マルコ2:23〜28】

聖句「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。」(2:27,28)

1.《ディズニー》 ディズニーランドのレストランで若夫婦がお子様ランチを注文しました。スタッフは一旦断ったのですが、只ならぬ様子を察して尋ねると、幼くして死んだ娘の命日に来たと言います。スタッフは2人を家族席に誘導、幼児椅子を用意し、お子様ランチを運んだそうです。ルールに厳しい遊園地ですが、時には、ルールを破っても良いという別ルールが存在しているのです。

2.《麦穂を摘む》 「マタイによる福音書」「ルカによる福音書」の平行記事では、弟子たちが空腹の余り、麦穂を摘んで手で揉んで食べたことになっています。しかし、「マルコによる福音書」の当該箇所には、その場で食べたとは書いてありません。実は、「申命記」23章「人の畑の物」という律法で、旅人や寄留者、寡婦や孤児は他人の畑の実りを食べてもよいということが、緊急避難的処置として認められているのです。「思う存分満足するまで」食べて構わないと言うのです。弟子たちは摘み取った麦を晩御飯にしたのでしょう。イエスさまもお相伴に与ったはずです。イエスさまの貧しい暮らしぶりが偲ばれます。

3.《安息日の主》 ファリサイ派の人々が警告したのは、安息日に禁じられた収穫労働をしていると見做したからです。警告を無視して再犯すると、石打ちの刑だったとされています。当時のファリサイ派はユダヤに2万5千人いました。山口組の構成員数、教団の東京・西東京教区の現住陪餐会員数とほぼ同数です。理論武装しているだけでなく、組織力もあります。敵に回したら厄介なのです。しかし、イエスさまは怯まず宣言なさいました。「ルールは人のためにある」と。私たちも決断に迷い、判断に窮した時、イエスさまなら何とされるかを考え、ルールよりも大切なことがあることに思いを致したいものです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:41 | 毎週の講壇から

2014年01月07日

1月第2主日礼拝

       1月12日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”ルールは人のためにある” 音楽   朝日研一朗牧師
聖  書  マルコによる福音書 2章23〜28節(p.64)
賛 美 歌  27、122、490、275、201、26
交読詩篇  98編1〜9節(p.111)

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posted by 行人坂教会 at 07:50 | 毎週の礼拝案内

2014年01月06日

新しい人間【マルコ10:46〜52】

聖句「盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。」(10:52)

1.《変わり得る》 たとえ世界一高い山に登って下りて来ても、世界一周の大旅行をして来ても、その旅の中に出会いがなければ、人間は何も変わりません。名所巡りの絵葉書を捲るのと同じです。つまり、私は自分独りでは変われない。関係性の中でしか何かが生まれる可能性はないのです。それは「変わり身の速さ」とは違います。変化の速度が遅くても、表面ではなく内実が変わっていくことなのです。聖書は「人間は変わり得る」と訴えています。主なる神がそれに賭けて下さった、それがイエス・キリストの十字架なのです。

2.《座っている》 イエスさまが盲人を癒されて「目出度し」という話ではありません。御利益を説くだけなら、2千年も前の古臭い話に価値はありません。これもまた、出会いによって人生が変わる話なのです。この盲人は物乞いをするために「道端に座って」いました。物乞いは人に頼って生きることです。立ち上がって自分の足で歩もうとしないのです。そして「道」には「人生」が暗示されています。私たちもまた、悲しみや不幸を引き受けようとはしないで、自分の人生を棚上げしてしまって、道端に座り込んでしまうことがあるのです。

3.《叫び続ける》 バルティマイは目が不自由だったのですが、イエスさまが近くに来られたと聞いて「ダビデの子よ、私を憐れんで下さい」と一生懸命に叫びました。座っているだけの人生から脱却したいと思ったのです。「ダビデの子」というメシアの称号は「マルコによる福音書」中ここだけです。そんなバルティマイに、イエスさまは「何をして欲しいか」と問います。実は「自分が何を願っているか、分かっていない」(10:38)人が大勢いるのです。バルティマイは、イエスさまの十字架の道行きに従って行くのでした。強いられてでもありません。低きに流れるのでもありません。自立と連帯とは1つなのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:17 | 毎週の講壇から

2014年01月04日

創立110周年記念チャペルコンサート

来る2月16日礼拝後行人坂教会創立110周年記念チャペルコンサートを開催します。

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