2014年02月06日

幽径耽読 Book Illuminationその12

  • 「新トラック野郎風雲録」(鈴木則文著、ちくま文庫)
    鈴木監督が桜美林大学の映画専修コースの『トラック野郎/御意見無用』上映会に参加した後、「夕闇迫るキャンパスを小川君(大学の助手)と歩いていると、白く浮かぶ建物の尖塔に十字架が光っているのが、目に入った。礼拝堂である。…『聖獣学園』の作者であったことを思い出させ、立ちすくみ、十字を切って祈りを捧げるうちに急速に夜のとばりは降りていった」。私は大爆笑でした。エッセイの所々に「無から有をつくる」とか「新しい酒は新しい皮袋に」とか、何気なく聖句が使われています。やがて、「わたしの映画のバックボーンは、難しい思想や哲学ではなく、こういう通俗歌曲の詩や俳句、短歌、聖書の中の一節など庶民の血肉となっている言葉であった」という告白に出会いました。さすがは鈴木監督、聖書の活用法よく御存知です。修道女が薔薇の蔦で乳房をグルグル巻きにされるの図は、『ロザリオの悲しみ』のアン・ヘイウッドより『聖獣学園』の多岐川裕美がゼッタイいいって。同じように『コンボイ』や『ダーティファイター』より『トラック野郎』の方が百倍いいって!
  • 「聖夜」(佐藤多佳子著、文春文庫)
    クリスマスに、オリヴィエ・メシアンのオルガン曲「神はわれらのうちに」を演奏することになった高3の男子の話です。単純だけど普遍性のある物語です。舞台は青山学院、時代設定は1970年代後半です。主人公の一哉がプログレを聴いているのが、同世代の私としては嬉しいです。ELPのキース・エマーソンがハモンドオルガンにナイフを突き立てたり、仰向けになったりしながら演奏するのは、NHKで放送した「ヤング・ミュージック・ショー」(1974年)でした。オランダのFOCUSの名前も出て来ます。「笹本さん」は深町純をイメージして読みました。そう言えば、私の友人の塚本潤一くん(今、頌栄短期大学准教授)も、神学部のオルガン実習の時に、パイプオルガンで『インフェルノ』の「図書館」を弾いて叱られていました。土肥いつき(今は、セクシャルマイノリティ教職員ネットワーク副代表)が、メシアンのサインを自慢そうに見せてくれたことも思い出します。私自身は、高校時代、ラジオで『トゥーランガリラ交響曲』を聴いてショックを受けたのが、メシアンとのファーストコンタクトでした。
  • 「バートン版アラビアンナイト/千夜一夜物語拾遺」(大場正史訳、角川ソフィア文庫)
    「拾遺」ですから「拾い読み」です。解説によると、大場全訳版が12巻(角川文庫)もあったそうです。『アラジンと不思議なランプ』の中に「『角の大君』イスカンダルのような大王」という表現がありました。「イスカンダル」は「アレクサンドロス大王」のことだったのですね。アラブ世界でも尊敬されていたのです。『アラジン』の舞台が支那の都「アル・カラス」、もしくは「京師」となっているのにビックリ。まるで『トゥーランドット』です。何しろ王女の名前がバドル・アル・ブドゥル姫ですから。見た目の美しさから「白人奴隷」が珍重されていたり、シャーベット水や珈琲を飲んだり、16世紀当時の(多分、エジプトの)風俗が描かれていて面白いです。『三人の男と主イサの話』で狂言回しとなる「マリアの子イサ」はイエスのことです。悪者が互いに騙し合って、全員が身を滅ぼしてしまう説話。仏教説話集『ジャータカ』にもあって、仏教、キリスト教、イスラム教の3つの円の「集合」部分みたいです。
  • 「映画の殿堂」の映画題名について
    前記短編には、膨大な数の悪趣味映画のタイトルが羅列されています。訳者(夏来健次)は涙ぐましい努力をして、邦題のある作品は邦題を記していますが、それでも不足がありますので、補いたいと思います。「Insatiable」は『プラチナ・パラダイスPART2』、「(The) Mutations」は『悪魔の植物人間』、「Wanabe Wicked Warden」は「Greta- Haus ohne Manner」、つまり『女体拷問人グレタ』、「Talk Dirty to Me」は『私に汚い言葉を云って』、「Avenging Angel」は『ストリート・エンジェル/復讐の街角』、「Cafe Flesh」は『愛の終焉/カフェ・フレッシュ』です。因みに「Fists of Vengeance」は、倉田保昭主演の台湾映画『除暴』(別題『狂龍出海』、日本未公開)ですね。
  • 「シルヴァー・スクリーム」下巻(デイヴィッド・J・スカウ編、田中一江他訳、創元推理文庫)
    とにかく、マーク・アーノルドの『映画の殿堂』がサイコー!! 映像の垂れ流しよろしく、映画の題名の垂れ流し箇所が多数あり、これを巡るだけで、カルト映画マニアは自然と涙腺が緩んでいるのに気付くでしょう。原題の「Pilgrims to the Cathedral/巡礼者は大聖堂へ」にも匂わしてあるのですが、山奥のドライブインシアターを悪趣味映画の殿堂として再創造、自由のユートピアとした3人のクリエーターの成功物語が描かれます。次いで、同じくヒッピーやニューエイジから出発しながらも、テレビ伝道師となった男の人生が描かれます。やがて彼は「殿堂」付近の(バイブルベルト)の町の指導者として迎えられます。そして遂に、「殿堂」ユートピアはバイブル町の侵略を受け、攻め滅ぼされてしまうのですが…。明らかに、ルター派がミュンツァー派を弾圧したドイツ農民戦争が下敷きですね。クライマックスは『妖怪大戦争』や『妖怪百物語』です(実際、河童も登場します)。
  • 「シルヴァー・スクリーム」上巻(デイヴィッド・J・スカウ編、田中一江他訳、創元推理文庫)
    映画ネタを使ったホラーのアンソロジー。映画好きの私は即買でした。勿論、タイトルは「銀幕/シルヴァー・スクリーン」のもじり。ヴードゥーの呪いを題材にした短編が2つ入っています。F・ポール・ウィルソンの『カット』とカール・エドワード・ワグナーの『裏切り』です。ウィルソンの『カット』の凄まじさは圧倒的です。解説にもあるように、自作『城塞』がマイケル・マン監督によって映画化された(『ザ・キープ』)時の怨みを込めた作品です。映画館を舞台にした2作品も心に残りました。ロバート・ブロックの『女優魂』は、サイレント映画のフィルムの中で生き続けている脇役女優と年老いたエキストラ男優との結び付きを描いて哀切です。クライヴ・バーカーの『セルロイドの息子』は、観客の眼差しが実体化した怪物が登場します。でも、最高の発見は、レイ・ガートンの『罪深きは映画』でしょう。セブンスデー・アドベンチストの村に住む祖父母の家に預けられ、戒律に縛られて暮らす少年が、映画の世界と猟奇殺人の世界に同時に足を踏み入れてしまうのです。『前口上』の「Seconds」は『セコンド』の邦題で公開されています。
  • 「夜歩く」(ジョン・ディクスン・カー著、和爾桃子訳、創元推理文庫)
    主人公の探偵役は、パリの予審判事バンコラン。バンコランと言えば、魔夜峰央の『パタリロ!』ですね。巻頭、「人狼/ルー・ガルー」とも仇名される、異常性格の凶悪犯、アレクサンドル・ローランが余りにも魅力的に紹介されるものですから、期待し過ぎて些か肩透かしを喰いました。1930年代の正統派作品ですから、猟奇小説ではないのです。それでも、バンコランの名台詞は沢山ありました。「真の恐怖というのはまんざら滑稽味と無縁ではない」。「こういう事件では、あるべき品の有無に思いを致すよう、つねにお勧めします」。「女性が服を脱いだら、わきまえも一緒に脱ぎ捨ててしまう」。「一足飛びに結論へ飛びつかないように。なにも明白なことを信じるなとお願いしているのではありません。ただ、何が明白であるかを見極めてからにしてください」。
  • 「昭和怪優伝/帰ってきた昭和脇役名画座」(鹿島茂著、中公文庫)
    岸田森(和製ドラキュラ)、天知茂(色悪)、渡瀬恒彦(鉄砲玉の美学)、成田三樹夫(悪のエロス)…。彼らが活躍した時代の日本映画界は(今から思えば)何と豊饒だったことでしょうか。つまり、この類いの豊かさは、その時には感知できないのでしょう。個人的には、徹底的に再現された芹明香の『㊙色情めす市場』の章が一番感動的でした。私がこの作品に出会ったのは、製作から10年を経た後のことですが、忘れ難い傷跡のような印象を私の魂に残したのでした。日本映画界から完全にプログラム・ピクチャーが消滅して何十年が過ぎたことでしょうか。私の映画三昧は70〜80年代でしたが、既に、その時ですら昔語りになっていました。東宝怪獣映画、にっかつロマンポルノと東映実録路線で、私は尻尾を少し齧ったのかな。
posted by 行人坂教会 at 19:37 | 牧師の書斎から