2014年02月17日

命の道を教えて

1.危険がいっぱい

世の中に「苦労人」と呼ばれる人がいます。それと同じように、教会にも「苦労教会」があると思います。例えば、欧米の宣教団体の資金提供を受けて、大きな土地を取得して、立派な会堂を建設してしまった教会があります。他方、バザーをしたりして、募金を集めながら、あちらこちらと用地を探し求めて、民家の屋根に十字架を付けたような会堂を、やっとの思いで建てた教会もあります。

私たちが生まれる時に、家庭の環境や貧富を選べないのと同じように、教会もまた、その創設時に、平等の条件で生まれて来る訳ではありません。更に言えば、こうして土地や建物が手に入ったからと言って、教会の歩みが保証される訳ではありません。

現に、行人坂教会の前身である日本組合京橋基督教会は、創立から20年後に関東大震災で焼失してしまいます。しかし、この世にある教会にとって、被災の悲劇は特別なことではありません。関東大震災、阪神大震災、東日本大震災は言うまでもなく、その他にも、中規模の地震、台風や洪水、火山の噴火によって被災した教会は、どけだけ多くあることでしょうか。失火、放火、不審火などで消失した教会もあります。

忘れてはいけません。太平洋戦争末期、米軍の焦土作戦によって戦災を受けた教会も数多くあります。敗戦直後、当教会が韓国目黒教会に会場を提供したり、麻布狸穴教会と協同で礼拝を営んだりした事実からも、そんな歴史の一端を見ることが出来ます。間借りしながらでも存続できれば未だしも、空襲で会堂を失い、戦時下で再建の目途が立たないまま、他の教会に吸収合併された教会もあるのです。

その歴史から考えると、どちらかと言えば、行人坂は「苦労教会」の部類に入るかも知れません。しかし、艱難に遭うのは世の常、況して、教会が難儀するのは、キリストの十字架に相応しいことです。パウロが「コリントの信徒への手紙二」11章16節以下で述べている通りです。ここで、パウロが繰り返す「難」という語「キンデュノス」は「危険」という意味です。

2.太陽がいっぱい

パウロが「誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう」と言っているように、キリスト者にとっても、キリスト教会にとっても一番大切なのは、自らの「弱さに関わる事柄」です。強さではなく弱さについて敏感に反応する感性が、私たちに問われています。なぜなら、それこそが十字架だからです。

それを敷衍させて行けば、大きさ、立派さ、数の多さに目を向けるのではなく、小さな事柄、質素さ、一人一人の姿に目を向けて行くことでしょう。誰もが目を見張るような、この世の栄光や権威ではなく、この世では隠されている神さまの御光や御力を探し求める努力をすることです。何しろ、パウロによれば「力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(前掲書12章9節)そうですから。

行人坂教会よりも「大きな教会」、大規模教会は幾らもあります。時折、「大きな教会」を羨ましがる信徒が居られます。あるいは、「大きな教会」に引け目を感じるらしい信徒も居られます。しかし、カテドラルのような礼拝堂が「教会」でしょうか。ビリー・グラハムのスタジアム集会のようなものが「教会」でしょうか。

勿論、礼拝だって何だって人数が多い方が盛り上がるし、献金も多いから財政上も安定するし、奉仕者も多いから多面的な働きが出来るのかも知れません。それでも、私自身は「教会は余り大き過ぎない方が良い」と思っています。「マス」や「メガ」は悪魔の巣窟と化し易いのです。イエスさまが「神と富とに仕えることはできない」(マタイによる福音書6章24節)と言われる通りです。イエスさまの仰る「富」とは「マモン」です。中世には、人間の金銭欲に付け入る悪魔とされました。

私たちの暮らしを振り返れば、自ずと分かることです。生活して行くためには、ある程度の財政的な基盤が必要です。ご飯も毎日食べなくてはいけないし、子供を学校にもやらなければならないし、家の補修もしなくてはならないし、少しは交際費や遊興費もないといけません。けれども、余計な財産を持っていると、ろくなことにはなりません。分不相応な富を得て、家庭が崩壊し、身を滅ぼすプロットは、如何にも有り触れています。教会も少し貧乏臭いくらいの方が正常なのです。

教会にとって大切な事柄は規模の大小、富の大小ではないことを、改めて私たちは意識する必要があります。太陽はいっぱい要りません。太陽は一つで十分なのです。

3.足跡がいっぱい

「強さではなくて弱さを」と言いましたが、何も「粗探し」をする必要はありません。そうではなくて、人間が力自慢する要素ではなく、人間の力の及ばなかった点で、神さまが働かれた痕跡を見つけるのです。

人間の力自慢はよくあります。私自身、南大阪教会で伝道師をしていた頃、友人たちを礼拝堂に案内して自慢していました。「これは、村野藤吾が設計した会堂で…」等と説明して悦に入っていたものです。若気の至りとしか言いようがありません。会堂建築時には、未だ赴任してさえいなかったのに…。

今でも他の教会を訪問した時、その教会の牧師さんや役員さんから、会堂自慢、パイプオルガン自慢、ステンドグラス自慢などを聞かされることは珍しくありません。自分も「同じ穴の狢」であることを認めた上で申しますが、立ち止まって考えれば、惨めなことです(ヨハネの黙示録3章17節)。

幸い、行人坂教会の礼拝堂をお見せした人たちに、私がそのような自慢をしたことは一度もありません。自慢しようと思ったこともありません。却って、お客様の方で(その年季や雰囲気を)褒めてくださって(お世辞や社交辞令かも知れませんが)、「ああ、そうなんだ。どこがいいのか分からないけど、いいんだ」と思わされたことが一度ならずあります。上手く言えませんが、それが行人坂教会の良さなのかも知れません。古びた会堂ですが、そこここに、イエスさまの歩まれた御跡があるのです。

礼拝も、そのような礼拝でありたいと思います。荘厳なパイプオルガンの響きも、立派な聖歌隊のハーモニーもありません。牧師も権威の無さそうな人だし、会衆の人数も高齢化のせいか減少気味。でも、私たち自身の力や働きではなくて、イエスさまが来て働いてくださっているのです。そこに希望を置きたいと思うのです。恐らく、私たちの弱さを見るに見かねて、やって来られたのです。まさしく「十字架はわが希望」(crux spes mea)です。

ナメクジの通った跡が銀色に輝いているように、イエスさまの御足の跡も、きっと何かが輝いていると思うのです。今は余裕を無くした時代ですから、それは余裕が無いと見えないと思います。

それだから、忙しい教会よりはゆったりとした教会を、一部の隙の無い教会よりも隙だらけの教会を、権威のある教会よりも遜った教会を目指したいと思うのです。礼拝も宣教も、教会形成も教会教育も、祈りも奉仕も、急がず焦らず「百年の計」と心得て、大勢の人たちと一緒に歩いて行きたいと思うのです。

牧師 朝日研一朗

【行人坂教会創立110周年記念文集(2014年2月)より】

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行人坂教会創立110周年記念文集

行人坂教会創立110周年を記念して文集「かかわりを新たに」が作成されました。

表紙
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はじめに
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