2014年04月10日

幽径耽読 Book Illuminationその13

  • 「日本幻想文学大全/幻視の系譜」(東雅夫編、ちくま文庫)
    室生犀星の『蜜のあわれ』には降参しました。初老の小説家と彼が愛玩する金魚、その他、幽霊女も登場しますが、会話(鉤括弧)だけで構成された実験的な小説です。しかも、面白い。金魚は自分を「あたい」と称し、作家を「おじさま」と呼んで、媚態を振り撒くのです。その筋を我が家の二男にしてやったら、曰く「それって、『ポニョ』じゃん」。一刀両断でした。宮沢賢治の『ひかりの素足』は弟を、夢野久作の『木魂』は妻子を亡くす話です。幻想文学にとって喪失の悲しみが大きなモチベーションだということです。私の最高のお気に入りは、中島敦の『文字禍』です。「中国もの」ではなく「アッシリアもの」です。歴史を文字で記録するのではなく、文字が歴史を作るという倒錯した感覚、これぞ幻視です。老博士は言い放ちます。「書かれぬ事は無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい」「わしらこそ彼等文字の精霊にこき使われる下僕じゃ」。
  • 「ハカイジュウ」第12巻(本田信吾作、秋田書店)
    武重先生がトール型特殊生物と融合した「フューズ03」が目覚しい戦闘能力を発揮しますが、造形的にもアクション的にも、永井豪の『デビルマン』を思い出します。さて、いよいよ封印されていた帝王≠フお目覚めですが、スケール(尺)が巨大過ぎると、リアリティを喪失して、つまらなくなります(私の持論です)。巨大化した武重を描く傍ら、早乙女博士と陽、瑛士たち、人間サイズのフューズを描くことで、何とかバランスを保って来たのですが、どうなりますやら。
  • 「もっと厭な物語」(夏目漱石他、文藝春秋編、文春文庫)
    今回は日本の作家が4名入っていますが、悪趣味さで草野唯雄の『皮を剥ぐ』が群を抜いています。クライヴ・バーカーの『恐怖の探求』は、映画『ホステル』を連想しましたが、少し捻って予想通りの結末でした。「恐怖にまさる愉しみはない。それが他人の身にふりかかっているものであるかぎり」。奇妙な味わいのルイス・パジェット『著者謹呈』が楽しかったです。恐喝を副業にする悪徳新聞屋トレイシーと、彼が殺した魔術師の使い魔メグ(黒猫)との間に繰り広げられる、殺すか殺されるかの駆け引きの面白いこと。最後にメグが使った魔法、彼女が最初に予告した通りの内容だったことに読了後、しばらくして気付きました。後味悪くないです。かなり愉快でした。
  • 「シュトヘル/悪霊」第9巻(伊藤悠作、小学館)
    途中、シュトヘルに家族を殺されたモンゴル脱走兵集団の話が入ります。憎しみが憎しみを生み、悪霊が新たな悪霊を作る呪いの連鎖が描かれます。ゼスは暑苦しいキャラですが、中々どうして凄絶な殺人技を仕掛けて来ます。主要登場人物が、金国の道府・中都を守る要害、居庸関に集結しつつあります。そろそろ物語は佳境ということでしょうか。
  • 「ひとさらい」(ジュール・シュペルヴィエル著、永田千奈訳、光文社古典新訳文庫)
    学生時代、シュペルヴィエルの短編集『沖の少女』(教養文庫)を読みました。繊細すぎる感性に、読んでいて胸の痛みすら覚えるのです。実際、シュペルヴィエル、心臓の持病を抱えていたそうです。本作の主人公、フィレモン・ビグア大佐は、不幸せな家庭の子どもたちを見つけては、次々に誘拐して養育するのです。犯罪なのに、犯罪ではない。大佐は勿論、登場する人たちは悪人でも善人でもありません。大佐を幻惑する養女マルセルも、そのマルセルを乱暴するジョセフも、マルセルのアル中の父親エルバンも、弱さを抱える人間です。ただ、心の動きの複雑さが擬似家族を混乱させて、悲劇的な結末をもたらします。
  • 「真珠湾収容所の捕虜たち/情報将校の見た日本軍と敗戦日本」(オーテス・ケーリ著、ちくま学芸文庫)
    学生時代、ケーリ先生のお孫さんのベビーシッターをしたことがあります。お宅に伺って、先生のお仕事の邪魔にならないように、孫のAちゃんを京都御所に散歩に連れて行ったりしていました。Aちゃんがお昼寝をしたので、居間のテレビで、勅使河原宏監督の『砂の女』を観ていました。そしたら、ケーリ先生が登場して、しばらく一緒に見ていたのですが、(観念的で抽象的な映画は余りお好きでなかったのでしょう)「コーボー・アベ!君は何が言いたいのだ!」と、テレビに向かって言っていました。今ならば「そんなことは、お友だちのドナルド・キーンさんに聞いてくださいよ」と苦笑いしたことでしょう。でも、あの言葉は、きっと「君はこういう映画に何を見ているのかね?」という問い掛けだったのですね。「裸でぶつかって来ない」日本の学生に対する苦言を読みながら、彼から見たら、当時の私も「マウシー」で「ナイーヴ」な「若い者」だったのだろうなと思いました。
  • 「神国日本のトンデモ決戦生活」(早川タダノリ著、ちくま文庫)
    戦前戦中を全く経験していない世代の人たち(田母神俊雄のような)が、敗戦以前の日本人は「誇りをもっていた」と断言するのは、虚妄なのです。著者は、戦時下の出版物やポスター等を収集、観察、分析しながら、「決戦下」の庶民生活を丹念に再構成していきます。雑誌『主婦之友』に「アメリカ人をぶち殺せ!」「米鬼を一匹も生かすな!」「一人十殺米鬼を屠れ!」等というスローガンが1ページ捲るごとに躍っているのは、やはりクラクラします。もはやプロパガンダと呼べるものではなく、国全体が集団ヒステリー状態だったことが分かります。結局、カルト国家、カルト宗教が一番近いのです。そして今また、日本主義的な発言が持て囃され、日本社会のカルト化が深く静かに進行しつつあるように思います。雰囲気や気分で戦前回帰を目指すべきではありません。決して賛美できるような国ではなかったのです。
  • 「世界神話事典/世界の神々の誕生」(大林太良編、角川ソフィア文庫)
    中国苗(ミャオ)族の洪水神話は瓠(ふくべ)の船。独竜(トールン)族では、人間の男女が土から造られるが、蛇の助言のために、死んで土に返るようになった。朝鮮でも、鴨緑山の黄土から男女が造られる。メソポタミアのアダパ神話には「命のパンと命の水」が出て来ますが、「死のパンと死の水」も出て来ます。アルタイ族の神話では、人間の耳から魂が、鼻から知恵が吹き込まれ、男の肋骨2本で女が造られる。オセアニアのタンナ神話でも、蛇が重要。女は蛇によって妊娠し男児を産みます。アマゾンのアピナイエ族には、「星の女」によって農業を学んだ人々が「生命の木」を切り倒してしまう。作物を手に入れることで、労働と死を経験するのです。西スーダンのバンバラ族によれば、沈黙の世界に生じた「声」によって自己分裂して世界が創造されます。ザンビアのロジ族には、最初の人、カヌムが高い塔を作って天に登ろうとするが、失敗します。このように、メソポタミアやエジプト以外にも、聖書と繋がる話が一杯ありました。
posted by 行人坂教会 at 20:24 | 牧師の書斎から

2014年04月08日

4月第2主日礼拝(棕梠の主日、受難週)

       4月13日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”墓穴に向かって叫ぶ”    音楽  朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネによる福音書 11章38節〜44節(p.190)
賛 美 歌  27、450、490、299、300、88
交読詩篇  111編1〜10節(p.129)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 08:33 | 毎週の礼拝案内

2014年04月01日

4月第1主日礼拝(レント第5主日)

        4月 6日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 ”イエスの仲間”    塩谷直也牧師(青山学院大学宗教主任)
聖  書  マタイによる福音書 10章32節〜33節(p.18)
賛 美 歌  27、450、490、306、298、88
交読詩篇  111編1〜10節(p.129)

※当日の礼拝の音声録音はありません。あらかじめお伝えします。
posted by 行人坂教会 at 08:08 | 毎週の礼拝案内