2014年05月12日

あなたの広い心を【フィリピ4:2〜9】

聖句「あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。」(4:5)

1.《ルツ記》 隣国のモアブに移住したものの、ナオミは夫に先立たれてしまいます。その上、2人の息子たちも相次いで亡くなります。これを機に、故国へ帰ろうと決心したナオミでしたが、モアブ人の嫁、ルツは姑と離れず、ベツレヘムに付いて行くのでした。これが「ルツ記」の導入です。「ノヴェッレ/小作品」と呼ばれる文学様式で、現在のラノベやハーレクインの始まりなのです。

2.《慈しみ》 「同じ旧約聖書」と言っても、大きく分けて2つの考え方、2つの流れがあります。寛容と不寛容、受容と排除、広い心と偏狭な心です。例えば、「ヨナ書」では、自分の祖国を滅ぼしたアッシリア帝国を憎む預言者に対して、神さまが慈しみの心を教えます。しかし、次の「ミカ書」では、周辺諸国に対する呪詛が溢れています。1ページ捲ると違う世界なのです。当然、「同じクリスチャン」と言っても2つの流れがあるのです。パウロは「寛容、柔和、優しさ、譲る心、負ける心」を表わすように勧めています。その時、キリストが共に居られるのです。これが真のキリスト信仰であり、これが真の幸せなのです。

3.《母の日》 ルツにとって、ナオミは血縁ではありません。それでも、ルツはナオミと離れません。最終的に、この2人を救済するボアズは、ナオミの親戚に当たります。イスラエルは部族社会ですから、血縁は社会的責任を意味します。しかし、彼もまた、顔も知らない程の遠戚でした。ここにヒントがあります。家族、血族ではない人の愛がナオミを幸せにするのです。物語は、絶望のドン底にあった年老いた女性が、もう一度「魂を生き返らせる」程の喜びに満たされることで終わります。小説だからこそのハッピーエンドなのですが、それを願う権利は誰にでもあり、実際に願わなくては幸せは訪れないのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:33 | 毎週の講壇から