2014年09月15日

神さまのコードネーム【ヨハネ3:16〜21】

聖句「御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。」(3:18)

1.《暗号と愛称》 コードネームとは諜報機関などが使用する暗号名です。スパイ組織や秘密結社だけではなく、戦時下ともなれば、敵に知られないように、普段から暗号を使って連絡します。交戦中の敵国の兵器情報も不明ですから、味方間でも敵機に愛称を付けて呼び合ったりもするのです。太平洋戦争中、米軍が日本機に付けた愛称は女の子の名前、日本軍が米国機に付けた愛称は食べ物の名前が多いのは、とても興味深い現象です。

2.《名前の秘匿》 「名は体を表わす」はインド仏教唯識論の「名詮自性」から来ているそうです。聖書も同じ考え方をしています。登場人物には命名の物語があり、時には、名前が人生を反映します。人の名前が人格を表わすように、神の名前も神格を顕わすのです。従って、古代ユダヤ教では「みだりに唱えてはならない」として、神名は秘匿されていました。ヘブル語聖書には母音記号が付されていなかったので、何と発話するのか今も定かではありません。

3.《本当の名前》 ル=グウィンの『ゲド戦記』の中に、失意のドン底にある主人公ハイタカに、同期生のカラスノエンドウが自分の本当の名前を告げて励ます名場面があります。真の名を告げることは、自分の全てを差し出すことでもあり、告げられた者は、丸ごと相手を受け入れることなのです。聖書の神の名が秘匿されているのは、神が私たちを信用していないからではなく、自ら神の御名を求めていくことこそが、人生の意味だからです。「神の国と神の義とを求めよ」と言われる、その「御国を来たらせ給え」の前に「御名をあがめさせ給え」が置かれているのです。「あがめさせ給え」は「聖なるものとして取り扱われよ」です。神の御名は隠されていますが、私たちは「イエスの名によって」祈ることが出来ます。それは、どの部屋でも開けられるフロントのマスターキーなのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 16:41 | 毎週の講壇から