2014年11月25日

こどものすきなイエスさまの

1.嬉しい楽しいクリスマス

♪「うれしいうれしいクリスマス/かんかんかんかん鐘の音/こどもの好きなイエスさまの/お生まれなさったこのよい日/うれしいうれしいクリスマス/かんかんかんかん鐘の音」(『こどもさんびか』24番/岡本敏明作詞作曲)。

2002年に出版された『こどもさんびか改訂版』からは消え去ってしまいましたが、かつて教会幼稚園、教会保育園、教会学校で「うれしいうれしい」は盛んに歌われていました。皆で輪唱して楽しむための「遊び歌」の一種です。従って、歌詞も「嬉しい」「楽しい」に「かんかん鐘の音」「りんりん鈴の音」が入る、ごく単純なものでした。どうしても、メッセージ性が薄いように感じられ、ひたすら「嬉しい楽しい」だけの「クリスマス」を言っているとしか思われませんでした。『改訂版』の選に漏れたのも、やはり、歌詞の脳天気さが災いしたとしか思われません。

しかし、昔、盛んに歌った讃美歌というものは、何の愛着も持っていなかった歌であるにもかかわらず、時折、何の脈絡もなく思い出されるものです。ふと口ずさんでいる自分に気づいて、驚かされることがあります。仄暗い水の底から、あたかも、お岩と小平の死体を裏表に釘付けにした戸板のように、沈めても沈めても、意識の表層に浮かび上がって来るのです(嗚呼、どうしてホラーな喩えしか出来ないのだろう)。

アドベント(待降節)を迎えるに当たって、今回、私が思い出したのは、この「うれしいうれしい」だったのです。この歌の中の「こどもの好きなイエスさまの/お生まれなさったこのよい日」という歌詞が、私の(怪奇小説の読み過ぎで)腐った脳細胞に執拗に絡み付いて離れようとはしないのです。

2.子ども好きのイエスさま

そもそも「こどもの好きな」キリスト像は、子どもに対する教育(キリスト教教育)が普及するにつれて広がって行った、特化されたイメージだと思われるのです。それは一体、どのような裏付けがあって言われて来たことなのでしょうか。

近世には、プロテンタントの諸教派が競い合うようにして、受洗志願者や堅信礼を迎える子どもたちに「教理問答」を勉強させるようになりました。一種の「理論武装」であったのでしょう。やがて、ローマカトリック教会もその必要性に気づき、後に続いたのです。近代になり、欧米では「日曜学校」が最盛期を迎えます。丁度、日本にキリスト教が再び入って来たのが、その時代でした。

キリスト教が日本の近代教育に果たした役割については、今更言うまでもありません。特に女子教育と幼児教育において、その功績は計り知れません。なぜに女子教育と幼児教育なのかと言えば、それこそ明治政府が捨て置いた部分だったのです。今でも時折、キリスト教を「女子供の宗教」であるかのように蔑む人がいるのですが(男性優位主義者にして大日本主義者)、それこそは、キリスト教なくして日本の女子教育と幼児教育は存在しなかったことの裏返し証明になっているのです。

少子化のため減少したとは言え、現在でもキリスト教幼稚園、保育園、こども園の数は、日本全国に相当数あります。「キリスト教保育連盟」に加盟している園だけでも870園はあるくらいです。教会の牧師が教会幼稚園・保育園の園長を兼ねているというパターンは、日本では一般にも浸透したイメージです。幼稚園・保育園を経営しながらでなければ、牧師の生活を維持できなかった現実が背景にあるのです。

そんな訳で、日本では明治以降、「こどもの好きなイエスさま」のイメージが隅々まで浸透して行ったのです。そのイメージを支え続けた根拠は、聖書にも無いではありません。例えば、「マタイによる福音書」18章1〜5節「天の国で一番偉い者」とその並行記事、同19章13〜15節「子供を祝福する」とその並行記事です。しかし、それでも、クリスマスのイメージの大きさには遠く及びません。聖書など全く読んだことのない人でも、クリスマスと言えば「子どもたちが喜ぶ祭り」というイメージ、先入観を持っているのです。

3.ヴィイを呼んでおいで!

私は、ロシア正教のイコンを初めて目にした時の衝撃を忘れることが出来ません。子どもの頃、『妖婆・死棺の呪い』(Viy)という映画をテレビで観ました(後に『魔女伝説/ヴィー』と改題、劇場公開、ビデオ化されました)。1967年のソ連映画で、ニコライ・ゴーゴリの怪奇小説『ヴィイ』の映画化でした。原作は、小学校の図書館にあった「世界怪奇スリラー全集」(秋田書店)か何かで読んでいたのですが、映画を観て驚いたのは、ロシア正教の聖堂の壁一面に描かれた、キリストのイコンが異様で恐ろしかったことです。これはもう「遺恨」としか言いようがない程に。

今思えば、怪奇映画としての効果を上げるために異様に描いてあったのでしょう。後に、本物のイコンを見て行く中で、あれは極端に歪められたものだったのだと気づきました。それでも、子ども心には恐ろしかったです。映画のクライマックスに登場する魑魅魍魎の群れよりも怖かったです。そのせいか、以後、何を見ても余り恐ろしいと思わなくなってしまいました。まあ、何にでも例外はあるもので、桑田二郎(旧・桑田次郎)、楳図かずお、日野日出志のマンガには、一定のトラウマがありますが…。

そんな訳で、牧師になって、子どもたちと一緒に、♪「こどもの好きなイエスさまの/お生まれなさったこのよい日」と歌いながらも、頭の片隅には、いつも『妖婆・死棺の呪い』 の、キリストの「恐怖イコン」が蘇って来るのでした(さすがは「蘇連」!)。少なくとも、あのイコンを見る限り、到底「子どもがお好きな」ようにはお見受け出来ませんでした。

牧師 朝日研一朗

【2014年12月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 19:29 | ┣会報巻頭言など

11月5主日礼拝(アドベント第1主日)

      11月30日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”星を数えて砂漠に立つ” 音楽             朝日研一朗牧師
聖  書  創世記 15章1〜6節(p.19)
賛 美 歌  27、574、490、227、451、88
交読詩篇  77編1〜16節(p.87)

・教会資料委員会有志主催「かかわりをあらたに」読後感想会
             正午〜午後1時30分      階下ホール
 会費:200円(おにぎりと茶菓を用意しています)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 07:39 | 毎週の礼拝案内