2014年12月08日

わたしたちは平和の道を【イザヤ2:1〜5】

聖句「多くの民が来て言う。『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主は私たちに道を示される。私たちはその道を歩もう』と。」(2:3)

1.《クリスマスの停戦》 英国の短編アニメ『戦場のキックオフ』は、第一次大戦時、塹壕戦をしていた英独軍の兵たちがクリスマスを迎えて、無人地帯でサッカーを始めてしまう物語です。これは実話ですが、「クリスマス停戦」は奇跡のように末端の兵たちから生まれた出来事なので、公式記録には存在しなかったのです。

2.《戦国のクリスマス》 1566年(永禄9年)には、日本でも「クリスマス停戦」が行なわれていたのです。大和国の松永弾正と摂津国の三好三人衆とが、和泉国の堺で戦火を交え、膠着状態になりました。宣教師から降誕節のことを伝え聞いた弾正は、両陣営にキリシタン武士が多数いたことから停戦を提案したのです。フロイスによれば、堺の町衆の会合所で盛大なミサが行なわれ、午後には、武士たちが宴会を催し、敵味方の区別無く招き合ったそうです。停戦それ自体は素晴らしいのですが、彼らの本当の目的は喜びや和解にはありませんでした。弾正は戦況不利と見て利用したのですし、キリシタン武士たちにしても、未信者や宣教師に向けて信仰の鑑を演じて見せただけだったのです。

3.《打ち砕かれた武器》 年頭所感で安倍晋三首相は「強い日本を取り戻す」と述べましたが、我が自衛隊を米軍の捨て駒とする「集団的自衛権」発動の要件も「特定秘密保護法」の下に置かれてしまいました。武力を正義とし、戦争抑止もまた軍事力とする考えから、未だに私たちは脱却できません。「剣を鋤、鑓を鎌」はNY国連本部ビル正面「イザヤの壁」に刻まれています。「剣」は軍備と武器、「鑓」は統帥権と覇権主義です。それに対して、ヘブル語の「打ち直す/キテト」は「粉々にする」です。冶金技術によって加工を施す程度ではありません。「再利用」「平和利用」「リサイクル」等という語さえも欺瞞と看做して突き放す激烈な語です。神が先ず御自らの御子を打ち砕かれたことを忘れてはなりません。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:00 | 毎週の講壇から