2015年01月06日

1月第2主日礼拝

       1月11日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”とりなしの祈り” 音楽       朝日研一朗牧師
聖  書  ローマの信徒への手紙 8章31〜39節(p.285)
賛 美 歌  27、49、490、478、540、24
交読詩篇  40編1〜12節(p.48)

・青空カフェ     礼拝後      玄関バルコニー

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幽径耽読 Book Illuminationその20

  • 「刻刻」第8巻(堀尾省太作、講談社)
    ヒロイン、樹里が「止界」から登場人物を一人ずつ退場させて行くことで、物語が終局へと向かいます。でも、「あたしがここに最後まで残る」という悲壮な自己犠牲に終わらせないのが、この作品の美点です。幕引きの仕方としては安心でした。全体としては、登場する女性たちの力強さと賢さを感じます。その辺りは、星野之宣の『ヤマタイカ』でしょうか。
  • 「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」(フィッツ=ジェームズ・オブライエン著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    巻頭の「ダイヤモンドのレンズ」が圧倒的に強い印象を残します。顕微鏡を覗くのが唯一の趣味という理科少年が長じて、最高水準の顕微鏡セットを組み上げるのですが、ある日、レンズの向こう側に、妖精の少女を発見するのでした。そこで急カーブして幻想小説の趣きを呈して行きます。ダイヤモンドを手に入れるために、ユダヤ人商人を殺してしまう辺りは、『罪と罰』のようでもありました。つまり、オブライエンは多面的な作家なのです。そう言えば、昔、望遠鏡を題材にした窃視症の男の物語をマンガで読みました(吉田光彦の『ペダルに足がとどく日』に入っていた、多分「ズームバック」)。意外に楽しめたのが、中国物「手品師ピョウ・ルーが持っているドラゴンの牙」です。解説によると、「太平天国の乱」と関係があるらしいです。
  • 「シュトヘル/悪霊」第10巻(伊藤悠作、小学館)
    金国の居庸関攻略戦に新型弩(石火矢)が登場。それ以外に軍事的な進展はありません。民族の興亡を達観した上で、大ハンを討とうとするハラバル(「等価」)、真正面から大ハンに西夏文字の価値を説こうとするユルール(「愚者」)、純粋に大ハンの首を取ろうとするシュトヘル(「大首」)、大ハンを討たせてトルイへの代替わりを目論むナラン(「出来事と心」)。こうして主要登場人物のベクトルは全て、大ハンに向かいます。そして、ユルールの前に姿を現わした大ハン(「対峙」)…。次巻が山場です。
  • 「MASTERキートン/Reマスター」(浦沢直樹×長崎尚志作、小学館)
    昔の『MASTERキートン』では女子高生だった娘の百合子が、離婚したばかりという設定で、第7話「マルタ島の女神」に登場。キャラクターの成長ぶりを見るパターンは『20世紀少年』です。第1話「眠り男」と最終話「栄光の八人」が、いずれも病室で幕切れとなります。どちらも絶望的な現実の中に、小さな光を灯そうとする物語です。始まりと終わりが繋がっていて、円環になっています。第4話「ハバククの聖夜」は『リオ・ブラボー』『要塞警察』、籠城戦の典型。これがシンプルで、一番好きです。第5話「女神とサンダル」、第6話「オオカミ少年」は、忘れていた過去を思い出す話です。東欧の人身売買ビジネス、ユーゴ内戦、北アイルランド紛争、ワシントン条約違反の密輸ビジネス、東西冷戦時代のスパイ網、フォークランド紛争、またユーゴ内戦と現代史に、いつものドナウ川文明、トロイア戦争、マルタの地下神殿と考古学ネタのスパイスも効かせてあって、往年の読者も安心して読めますが、それにしてもキートン、全然老けていないじゃないですか。
  • 「ハリウッド美人帖」(逢坂剛+南伸坊談、七つ森書館)
    何と言っても、逢坂剛の凄まじいブロマイド・コレクションに脱帽しました。私にとって面白かったエピソードを挙げます。ボギーの『大いなる別れ』のファム・ファタル、リザベス・スコットは神学校出身(牧師を目指していたんだ)。私も彼女のCDは持っています。『拳銃の町』のオードリー・ロングは牧師の娘。ドロシー・マローンは南メソジスト大学出身。ビング・クロスビーは『我が道を往く』の「オマリー神父」だけに熱心なカトリック信者。不倫交際中のインガー・スティーヴンス(『刑事マディガン』)にプロテスタント(スウェーデン出身なので、多分、ルター派)からの改宗を迫るも、彼女が拒否したため破局。改宗を受け入れたキャスリン・グラント(『シンドバッド7回目の航海』)と結婚したとか。ドロレス・ハート(『ボーイハント』)は女優を引退して、ベネディクト会の修道女になっていたのですね(「オスカー投票メンバーである、史上唯一の修道女」)。胸元の大きく開いたドレスのロンダ・フレミング、ジューン・ナイト(初耳の女優)、胸が尖がっているドロシー・ラムーアにマリア・モンテス、脚線美のイロナ・マッセイ、リリー・パルマー、ヴァージニア・メイヨ、シド・チャリース、ジョーン・ドルー、ケイ・ランドール。レスリー・ブルックス、ヴェラ=エレン、エレイン・スチュワートの水着姿、ホットパンツのドリス・デイとホープ・ラング、肩の美しいニコール・モーレイ、ダナ・ウィンター、マーラ・パワーズ、ジア・スカラ、とにかくセクシーなティナ・ルイーズ、珍しく薄化粧のクラウディア・カルディナーレ、私の贔屓のリー・レミック、キャロル・リンレーまで、眺めているだけで幸せになります。
  • 「屍者の帝国」(伊藤計劃×円城塔著、河出文庫)
    謎の敵「ザ・ワン」を追跡する展開は、『メタルギアソリッド/ガンズ・オブ・パトリオット』を思い出させます。ホームズの盟友、ワトソンを中心にして、『ドラキュラ』『フランケンシュタイン』『カラマーゾフの兄弟』『007』『海底2万里』、果ては『風と共に去りぬ』も出て来ます。しかしながら、肝心の「ザ・ワン」が登場した辺りから物語の運動が失速した印象は拭えません。正直、私も乗り切れなくなってしまいました。時々、気の効いた台詞や奇想も出て来るだけに残念でなりません。失敗の原因の1つは、唯一のヒロインである「ハダリー」の造形が中途半端である点です。『エヴァ』の綾波レイみたいな存在なのですが、絵の無い分、私にはチンプンカンプンでした。本作の「屍者」「屍兵」もまた、数多のゾンビ物と同じく、組織集団や大衆の中で魂を剥奪された人間の暗喩です。しかし、そうであれば、尚の事、酷使され、遣い捨てられて行く彼らの無残な姿は、もっと描かれるべきだったのではないでしょうか。
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恵みの年とするために【ルカ4:16〜30】

聖句「主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、…圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」(4:18,19)

1.《テゼ共同体》 第二次大戦の最中、ロジェ・シュッツという人がブルゴーニュ地方の寒村で祈りと労働の生活を始めました。ロジェは、ナチスの迫害を逃れて来た人たちをスイスへと逃亡させる支援を始めました。戦後、超教派による修道会を発足、各国の青年たちと共に祈る「テゼ共同体」が生まれたのです。

2.《ヨベルの年》 「讃美歌21」には「テゼ」の歌が11曲も入っています。ラテン語の歌詞が添えられているのは「テゼ」の中立性を表わしています。49番「全地よ主をほめうたえ」の「ユービロー/喜ぶ」は「ユービラェウス/記念の年」から来ています。英語の「ジュビリー」ですが、ヘブル語の「ヨベル」を語源としています。50年に1度「ヨベル/雄羊の角笛」を吹いて、その到来を告知したのです。その「ヨベルの年」には、一切の農業生産の停止、先祖の土地への帰還、奴隷解放、土地財産の無償返却が行なわれたのです。今なら、不動産業者と貸し金業者は軒並み倒産です。しかし、土地も人間の命も神さまからお預かりしているものなのです。「誰のものでもない」のです。

3.《パーソナル》 単なる昔話ではなく、近年、アフリカ・キリスト教協議会の呼びかけで「ジュビリー2000」運動が展開されました。イエスさまも、ローマ帝国の一極支配(グローバリズム)の中で、「ヨベルの年」の価値観をもって、ローマの押し付けて来るワールドスタンダードに対抗しようとされたのです。現代世界は、人口の1%の富裕層が全世界の富の半分を独占しています。その一方で、貧困と飢餓、虐待や搾取に苦しめられている人たちが大勢います。格差の拡大は他人事ではありません。大きな潮流の中で、無力感に襲われますが、どんなに巨大に見えても、この世は消え去るのです。「マス」に対抗するのは「パーソナル」です。神さまの為さる御業は全て、私たちの「人格」に関わることなのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 07:16 | 毎週の講壇から