説 教 平和の挨拶=@

聖 書 ヨハネによる福音書 14章25〜31節(p.197)
賛 美 歌 27、125、490、577、354、71、89
交読詩編 97編1〜12節(p.110)
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標語 『主イエスの道を歩こう』
わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。
(ヨハネによる福音書14章6節)
聖句「イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。『あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。』」(10:23)
1.《福音》 「福音」を「フクオン」と発音した人がいて、私たちが何気なく使っている用語の特殊さに、改めて気付かされました。ギリシア語の「エウァンゲリオン」は「良い知らせ」です。漢訳聖書が「福音」と訳したのを「明治元訳聖書」が採用したのです。しかし、漢籍の教養のない日本人水夫が協力した「ギュツラフ聖書」では「タヨリヨロコビ」でした。英訳聖書には「福音/ゴスペル」という特殊用語を使わず、「良い知らせ/グッド・ニュース」と訳したものがあります。
2.《眼福》 辞書を引くと「珍奇なもの、貴重なもの、美しいもの等を見ることの出来た幸福」、もしくは「目の保養」と書いてあります。「目の保養」には「手に入らない」の含みもあります。際限のない欲望を自ら戒めているのかも知れません。他方、「福耳」はありますが「耳で聞く幸せ/耳福」という語はありません。しかし、音楽や小鳥の囀り、懐かしい人の声など、耳で感じる幸せも確かにあるのです。勿論、音色だけではなく、その内容も大切です。「福音」の場合には、むしろ、耳障りではなく、そのメッセージこそが「善きもの」なのです。
3.《御心》 「あなたがたの見ているものを見る目」等という言い回しが引っ掛かります。しかし、絡んで来るのは、そこにメッセージがあるからです。「あなたがたの見ているもの」とは「神の御子はどんな御方であったのか」ということです。これが「福音」の内容です。主は十字架に掛けられ、殺されたのですから、決して耳障りの良い話ではありません。むしろ、私たちが神について抱くイメージ(清浄さや厳かさや静粛さ強さ)は裏切られるのです。それは、主が「自分の意志ではなく、御心を行なう」ために生きられたからです。私たちが自らの思いを遂げようとするところに、本当の幸福は存在しないのではないでしょうか。
朝日研一朗牧師
1.エレミヤの手紙
「神々の像は、あたかも神殿の梁のようなもので、よく言われるように、その内部は虫に食われています。地からわいた虫が体や衣をかじっても、何も感じません。その顔は神殿に漂う煙で黒ずんでいます。その体や頭の上を、こうもりやつばめ、小鳥が飛び交い、猫までやって来ます。このようなことで、それらの像が神ではないことは分かるはずですから、恐れてはなりません。」
旧約聖書続編「エレミヤの手紙」19〜22節です。聖書中、唯一「猫」が登場する箇所として、「猫好き」の人たちから喜ばれている箇所です。「エレミヤの手紙」等と言っても、別に預言者エレミヤが書いた手紙ではありません。「エレミヤ書」29章に、エレミヤが第1回バビロン捕囚で連行された同胞へ宛てたとされる手紙があるために、それに倣って、このような書名が付けられたそうです。「エレミヤの手紙」には、「第二神殿時代」(バビロン捕囚から帰還したユダヤ人たちがエルサレムに神殿を再建して以降の時代)の、バビロン残留民の生活や信仰が反映されていると言われています。
2.猫が行方不明?
「猫」と言えば、エジプトが有名です。猫の頭を持った女神、バテストがいるくらいに、猫は崇拝されていました。飼い猫が死ぬと、飼い主と一緒に死後の復活を果たすことを願って、ミイラにしているくらいです。紀元前525年、アケメネス朝ペルシア帝国のカンビュセス2世(キュロス2世の息子)が、エジプト第26王朝を滅ぼして、エジプトを征服併合しますが、この時の戦い(ペルシュウムの戦い)では、ペルシア軍が戦列の前に多数の猫を置いたため、エジプト軍は攻撃することができず、そのために敗れたという俗説まであります。猫愛に殉じて全滅するとは…。
しかしながら、「エレミヤの手紙」に出て来る「猫」は「バビロンの猫」と考えられています。ここでは、猫崇拝は問題にされていないからです。ペルシア帝国時代とは言え、未だペルシャ猫は登場していません。ペルシャ猫という品種が登場するのは、15〜16世紀に成ってからのことですから。
日本でも、廃寺の仏像の上を猫が歩いている風景を想像することは難しくありません。廃寺でなくても、古びた教会にも猫は居着くのでしょう。我が行人坂教会の近辺にも、数匹は馴染みの野良猫がおりまして、春の夜更け等、教会の中庭で盛んに交流をしています。発情期の営みですが、赤ん坊の泣くような甲高い声で、名古屋人のようにミャアミャアと騒いでいました。
ところが、今年に限っては、そのような声を聞くことがありませんでした。街から消えた訳ではありません。時折り道路で見かけると、相手の方でもジッと見ていますから、私も必ず声をかけて挨拶をします。「最近、教会に来ていないね」等と問うてみますが、何分、相手は猫ですから、詳しい近況報告はしてくれません。しかし、彼らには彼らなりに、教会から遠ざかる理由があったのです。いつの頃からか、別の動物が教会の中庭を縄張りにするように成っていたのです。
3.食べられる猫
去る6月20日朝、2階の寝室のカーテンを開けてビックリ。ベランダにウンコの山盛りがあり、その中に多数の種が混じっています。間違いなく、庭の枇杷の実です。私も血迷って最初は猫かとも考えましたが、猫はフルーツを食べません。とすれば、残る可能性は「ハクビシン」しかありません。
その夜8時頃でしたか、土曜日恒例の『男はつらいよ』をBSで観ていた時です。木の枝がザワザワと揺れる音が盛んにするではありませんか。懐中電灯を手に庭に出てみますと、枇杷の木の枝にハクビシンが3匹、枇杷の実をムシャムシャと嬉しそうに齧っています。懐中電灯で照らすと、目が白く光ります。
「ハクビシン/白鼻芯、白鼻心」は、かなり古くから日本に入って来た外来種です。イタチに似て、細長い体と尻尾を持っていますが、ネコ目ジャコウネコ科です。ラテン語の学名は「Paguma Larvata/パグマ・ラールヴァータ」、「larua/ラールア」が「仮面」ですから、「仮面を被ったようなパグマ(マレー語で「木登り犬」とか)」です。「仮面」とは、額から鼻に抜ける白い筋の特徴を言います。英名は「Masked Palm Civet/マスクド・パーム・シヴィト」、「シヴィト」は「麝香」です。「palm cat/パーム・キャット」が「ジャコウネコ」です。やはり「マスクド/仮面の」と付きます。
東京23区内には、ハクビシンが千頭以上生息しているそうです。現在のところ、ハクビシンは「外来種」扱いではなく「野生動物」扱いに成っていますので、駆除殺傷することは禁じられています。残念です。その肉はとても美味だとされていますので、私としては、少し食べてみたいと思っていたのです。中華料理では、臭みを除くため、ニンニクと醤油で味付けして、梨と一緒に煮込んで「梨片果子狸」という料理にするそうです。「果子狸」がハクビシンの中国名「クオツーリー」です。
同志社の神学部の学寮であった「此春寮」では、戦後の食糧難の時代、よく寮生たちが赤犬を捕まえて来ては、鍋にして食べていたそうです。そんな時代の先輩たちに「猫は食べましたか?」と尋ねると、「猫の身は油ばかり多くて食べられた物では無かった」「フライパンにヘバリ付いた猫の油が取れなかった」と証言してくれました。
果実を大量に食べているハクビシンならば、さぞかし美味しいことでしょう。愛猫家の皆さんも、あのイタチとタヌキの中間みたいな奴なら許して下さるのではないでしょうか。
牧師 朝日研一朗
【2015年7月の月報より】
聖句「彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。」(1:7)
1.《ボルジア家の圧政》 往年の名画『第三の男』の中に、犯罪者のハリー・ライムが自らの悪の哲学を開陳する場面があります。「ボルジア家の圧政がイタリアではルネサンスを生んだ。だが、スイスの平和が何を生んだか。鳩時計だとよ」。その台詞を巻頭言にして、星野之宣の『ボルジア家の毒薬』は、ルネサンスの光と闇を描きます。そして、その引き裂かれた魂の祈りとして、レオナルド・ダ・ヴィンチの『洗礼者聖ヨハネ』を提示して終わるのです。
2.《洗礼者聖ヨハネ》 レオナルドの最晩年の作とされており、『モナリザ』と同じように、性を超越した人物が不思議な微笑みを湛えています。十字架の杖は「見よ、神の小羊」を、人差し指を天に向けるポーズは「天から来る救い主」を指し示しているのでしょう。東ローマ帝国時代の聖遺物には「洗礼者ヨハネの腕」もあります。その右手はキリストを指し示したが故に、聖なるものとされているのです。目に見える物を用いて、目に見えない昔の出来事を語らせようとしているのでしょう。私たちが「聖地旅行」をするのと同じです。
3.《光は万人の上に》 6月24日は夏至、即ち「洗礼者ヨハネの誕生祭」なのです。「証人/マルテュス」は法廷用語でしたが、紀元2世紀後半に迫害が激しくなると「殉教者」を意味するようになりました。未受洗者なのに、自分の家族や友人を助けようとして処刑された人たちが大勢いました。当時の教会は彼らを「自らの血によって洗礼せられた」と表現しています。行き掛かり上、連帯して自らの命を投げ出さざるを得なかった人たち、彼らもキリストの「証人」なのです。私たちは自らを光輝かせようとして磨きを掛けます。しかし、「証人」は、暗闇の中で傷付け合っている人々のために、光を指さすのです。
朝日研一朗牧師
聖句「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。」(15:11,12)
1.《人間の成長》 人間は叱られるだけではやりきれない。その怒りが、裁きが、正しければ正しいほど人は救われない。そこには逃げ場がない。逃げ場のない場所で裁かれると、人は滅びる。そうではなく有罪を確定した上で、同時に償いの終了を宣言、そして自由と解放へ誘う言葉が語られて、初めて人は立ち上がり歩き始める。人は裁かれることで成長するのではない。裁きの中で弁護され、抱きしめられることで成長する。このような天の父の言葉が聖書に溢れている。
2.《問題の家庭》 このような父親がいる家庭は少々問題を起こす。この家庭は家出人だらけ。弟は物理的に家出するが、兄は精神的に家出している、片方が帰宅すると片方が家出。イエスさまの前では、みんな家出人。みんな間違っている。そしてみんな愛され、みんな今日も探されています。
3.《家出の教会》 礼拝に出ている皆さんは、放蕩息子のお兄さんです。放蕩息子はイースターやクリスマスに教会に来る人です。その後また家出する。もう来ていない。そんな弟を見送り、しかも主任牧師のいない時も礼拝を守るなんて、みなさんお家に残ったお兄さん以外の何者でもない。しっかりと父の家を守っている。えらい。しかし、お家に残った形の家出人かも知れない。天の父への思いは、実は何年も前から離れている…そのことは、あなたの心が知っている。それでいい。お兄さんだからといって、正しくなければいけない訳ではない。あなたも間違っていていいし、家出人でいい。探されるために。愛されるために。これは教会の姿。教会にどれだけの人が帰ってきたのでしょう。そして同時に、どけだけの人が再び家出したことでしょう。物理的に、精神的に。だから増えもせず、減りもせず。でも神様は、教会にそれをお許しになったのです。
塩谷直也牧師(青山学院大学)
聖句「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。」(6:54)
1.《食生活の変化》 私の子ども時代には鯨肉がご馳走でした。しかし、外国の2百海里水域での操業規制が強まり、遠洋漁業は痛手を受け、海洋汚染と赤潮で沿岸の漁獲高も激減、天然物から養殖物への転換期でもありました。1970年代に、日本人の主食は魚から肉へとシフトしたと思われます。それに先立つ1950年代には、卵の大量生産流通ラインが生まれて、日常的に卵が食べられるようになっていたのです。数十年間で、日本人の食生活は大きく変わりました。
2.《カニバリズム》 ザビエルが来日した戦国時代、南蛮人は鉄砲と共に肉食文化ももたらしました。しかし、鎖国に向かう時代、肉食は切支丹禁教の理由の1つに挙げられました。南蛮人が肉食を好んだこと、信徒たちが「キリストの血と肉」に与る聖餐を受けていたこと、葡萄酒が血のように見えたこと等から、キリスト教禁教と人肉食のタブーとが融合してイメージされたのです。そのようなデマや中傷は古代からありました。トラヤヌス帝と小プリニウスとの往復書簡からも、当時そのような流言飛語があったことが読み取れます。
3.《血肉を喰らう》 それどころか、既にイエスさまが御言葉を語られた段階で、ユダヤ教徒は憤激し、弟子たちですら「聞くに耐えない」と吐き捨てて、主の御もとを離れ去っているのです。ここには「トローゲイン/喰らう」という語が4回も使用されています。「バリバリ噛む」「ガツガツ音を立てて喰う」「ムシャムシャ喰う」です。肉食動物が獲物を捕らえて食べる時の表現です。凡そ上品な表現ではありません。しかし、イエスさまは敢えて「喰らう」という言い方をすることで、私たちが「永遠の命」に与ろうとする際の必死さを尋ねておられるのではないでしょうか。周囲から誤解されても悪口を叩かれても、喰らい付いたら決して離さないような意気込みを持っているでしょうか。
朝日研一朗牧師