2015年08月30日

日曜日には、お家に帰ろう

1.神の家

旧約聖書では、時折「神殿」のことを「神の家/ベート・ハー・エロヒーム」と呼んでいます。特に「詩編」で「神の家」と出て来たら、十中八九「エルサレム神殿」のことを意味します。

「わたしは魂を注ぎ、思い起こす/喜び歌い感謝をささげる声の中を/祭りに集う人の群れと共に進み/神に家に入り、ひれ伏したことを。」(詩編42編5節)、「わたしは生い茂るオリーブの木。/神の家にとどまります。」(詩編52編10節)、「あなたの庭で過ごす1日は千日にまさる恵みです。/主の逆らう者の天幕で長らえるよりは/私の神の家の門口に立っているのを選びます。」、「ハレルヤ。/賛美せよ、主の御名を/賛美せよ、主の僕らよ/主の家に/わたしたちの神の家の庭に居並ぶ人々よ。」(詩編135編1〜2節)。

福音書の「安息日に麦の穂を摘む」の記事では、イエスさまもファリサイ派の人を相手に論争をして「(ダビデも)神の家に入り、…供えのパンを食べたではないか」と語っておられます(マタイによる福音書12章4節、マルコによる福音書2章26節、ルカによる福音書6章4節)。但し、ここで、イエスさまの仰っている「神の家/ホー・オイコス・トゥ・セオゥ」は「エルサレム神殿」ではなく「ノブの神殿」のことです。

こんな所からも、イエスさまが「シオニスト」ではないことが分かります。ガリラヤ出身のメシアは中央集権的ではなく、エルサレム神殿を絶対化してはいないのです。それどころか、エルサレム神殿に感動し、その壮麗さを賛美する弟子に対して、「これらの大きな建物を見ているのか。1つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない」等と言ってしまわれるのです(マルコ13章2節)。

2.会見場

イエスさまは「聖地」としてのエルサレムも、壮大な建造物としての「神殿」も、神を礼拝する真の信仰とは、直接は関係が無いと断じておられるのです。それ故、新約聖書で「神の家」と言う場合には「神を信じる者の共同体」を指すようになりました。例えば、パウロは「神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会です」(テモテへの手紙一3章15節)と言っています。

従って、教会の会堂、礼拝堂を指して「神の家」と称するのは、旧約聖書の神殿の立場であり、新約聖書の信仰からは大いに外れていると言わざるを得ません。「神の家」とは「信仰共同体(コミュニティ)」としての教会であり、土地建物のことでは無いからです。

それでは、「神殿」でも「神の家」「神の宮」でも無いとしたら、私たちにとって会堂、礼拝堂とは何でしょうか。実は、神と人との「会見の場」なのです。神と人との会見は何によって実現するのかと言えば、礼拝(御言葉の宣教と聖礼典の執行)において可能に成るのです。それがキリスト教の「基本のキ」です。「神の家族」である会衆が皆、等しく礼拝に与ることが出来るように、聖書と解き明かし、聖餐と洗礼を真正面に据えた、現在の礼拝堂の構造が生まれたのです。

但し、プロテスタント教会の礼拝堂は、余りにも礼拝への集中を促した結果、構造が「近代学校モデル」に接近し過ぎてしまいました。その反省から、近年では、礼拝堂の構造を奥行きの長い「縦型」から、奥行きの短い「横型」に変えたり、祭壇(Altar)を囲むように丸みをもたせて、会衆席を3列にして、身廊(Nave)、要するに中央通路を2本にしたりする試みもあります。

とは言え、礼拝堂の構造や礼拝の在り方に多少の変化があるとしても、礼拝において神さまが会衆と会見されるという点だけは変わりません。端的に言って、私たちにとっては、礼拝への参与です。実際に礼拝に出席することによって、神の見えない御力の庇護下に入るのです。教会生活を続ける中で、私が体得したことの1つに「取り敢えず足を運ぶこと」の大切さがあります。勿論、これは「無理強い」ではありません。むしろ、キリスト者としての最低限の修行、修養なのです。

3.日曜日

「出エジプト記」には「会見の幕屋/オーヘル・モーエード」というヘブル語が何度か出て来ます。残念ながら「新共同訳」では「臨在の幕屋」等と、身も蓋も無い訳語にされてしまいました。聖書では「モーエード」が「集会」とも訳されますが、本来の意味は「期日、予定日、定刻」です。そこから「祭り、祭日」という意味が生まれました。英訳聖書では「会見の幕屋」は「テント・オブ・ミーティング/Tent of meeting」です。つまり、日曜日の礼拝とは、神さまとの「ミーティング」の「予定日」だったのです。毎度毎度、そんなに約束をスッポかして良いものでしょうか(笑)。

さて、神さまと私たちとの「会見場」である行人坂教会の会堂も、建築から彼是、53年です。半世紀を超えてしまいました。2001〜2005年には、教会創立百周年記念事業として、バリアフリー化を目指した内部の改修工事、会堂外壁と大屋根の補修工事が行なわれました。その時から数えても、早や10年の歳月が経ってしまいました。

階下ホールでは、経路不明の雨漏りが続いており、雨風の日には、ブルーシートを床に敷かなくてはなりません。水道管が漏水したために、何ヶ月か数万円もの水道料金が連続して請求されたのも古い話ではありません。よく見てみれば、外壁にも内壁にも、あちらこちらクラック(亀裂)が入っています。この会堂、実に、よく耐え忍んでいると思います。

最近では、有志が会堂の補修作業を行なうようになりました。皆で一緒に、会堂のこれからを考えてみましょう。何しろ、私たちが「神の家」と成るために必要な場なのですから。

牧師 朝日研一朗

【2015年9月の月報より】

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