2015年10月05日

神が招かれた人【ルカ14:15〜24】

聖句「主人は言った。『通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家を一杯にしてくれ。』」(14:23)

1.《受け入れ》 外交の世界には「ペルソナ・ノン・グラータ/好ましからざる人物」という用語があります。派遣されて来る外交官を当事国が「受け入れ拒否」する権利です。反対に「ペルソナ・グラータ」と言えば「受け入れ承認」の意味です。私たちお互いの間にも「受け入れの可否」があります。思えば、自身も含めて「受け入れる」ことは、私たちの人生最大のテーマかも知れません。

2.《経済活動》 譬え話の主旨は「神の国は大宴会」です。事前に招待をしていた人たちに、家の主人が下僕を遣わして「準備が整いました。お越し下さい」と伝えます。しかし、それぞれに「畑を買ったから」「牛を買ったから」「嫁を買ったから」と理由を付けて、出席を断ります。この当時も格差社会で、貧民は「嗣業の土地」を手離し、それを買い取った地主は、小麦をローマに輸出して財を成していました。「畑」「牛」「嫁」は財産、断りの理由は全て経済活動です。神のお招きよりも、自分たちの経済活動を優先しているのです。

3.《本領発揮》 彼らの断りに怒った主人は下僕に命じて、貧しい人たちや体の不自由な人たちを宴会に招きます。最初の「グラートゥス/好ましい」は「グラーティース/無料で」に通じます。「誰かの好意に」与る故に「無料で」です。彼らは「お返しが出来ない」人たち(14節)なのです。また、次には、出会った人は誰彼構わず、宴会に連れて来るよう下僕に命じられます。好きも嫌いも、善人も悪人も、信者も不信者も関係ありません。これを愚直に実践した神の下僕がイエスさまです。そして誰であろうと、お招きに応えた時、天国の扉は開かれるのです。神のお招きを最優先にするのがキリスト者の本領です。その本領を発揮できるように、毎週の礼拝を守り、訓練を積んでいるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:50 | 毎週の講壇から