2015年10月09日

一点一画 one jot or one title(続き)その27

  • 「灯台守の話」(ジャネット・ウィンターソン著、岸本佐和子訳、白水社)
    久しぶりに心が震えた読書体験でした。母親の死後、孤児となって、灯台守の見習いとして住み込むことになった少女シルバー、そして彼女に物語の力を与える盲目の灯台守ピュー、この二人の魂の交流が描かれます。更に、百年前に、その教区の牧師を務めたバベル・ダークの二重生活の謎が語られていきます(最終的には、三人の魂の交流か)。著者は、熱狂的なペンテコステ派の両親の下、女説教師となるべく育てられるも、同性を愛したがために教団を追放され、自活しながら独学でオックスフォードに入学したそうです。ですから、そのレトリックには、聖書を思わせる確信犯的なイメージの共鳴があり、生硬に見えて、実は思索と推敲を重ねた言葉が綴られているのです。初期設定こそ、ギャリコの『スノー・グース』やグラスの『ブリキの太鼓』を連想させますが、どうしてどうして、これまで全く読んだことのないような展開です。そう言えば、シルバーが灯台生活から追放された後の章が「新しい惑星」の表題でした。灯台での暮らしは、まるで宇宙ステーションのようでもあった訳です。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にも通じる、闇の中に灯火が瞬く世界です。
  • 「大映セクシー女優の世界」(上妻祥浩著、河出書房新社)
    採り上げられているのは、1968〜71年の3年間、倒産寸前の大映が断末魔のようにして量産した「性春映画」です。八並映子、渥美マリ、八代順子、笠原玲子、関根恵子、松坂慶子などが出演した作品群です。私は著者より6歳年長ですが、ローカルテレビ局の深夜映画番組で、関根の『遊び』や渥美の『でんきくらげ』(いずれも増村保造監督作品)に出会って、衝撃を受けた経験は共通しています。特に『遊び』には深い愛着があり、放映される度に観たものです。少年と少女が河の中の浮島に向かって泳いで行くラストシーンの切なさは、生涯忘れることはありません(野坂昭如原作だけに、『火垂るの墓』と同じ感触がある)。熊本のローカル局(RKK)放映のデータを集積したり、1969年に渥美マリが熊本市の写真撮影会に来演していることを突き止めたり、著者の情熱には頭が下がります。
  • 「修験道/魔と呪いの系譜」(滝沢解著、KKロングセラーズ)
    数珠はバラモンの法具「Japa」に由来し、西欧で直訳されて「ロザリオ/薔薇の花」に成ったとか、そんな話が延々と披露される訳で、楽しい限り。ザビエルの案内を務めたアンジロー(鮫島彌次郎?)が「鮫島円成坊」なる山伏として活動していたというエピソードに心惹かれました。熊野の奥、玉置神社に行こうとして、岩場で進退窮まった体験談で、「荒御霊」をもって迎えられたと解釈し、「無理しなくて良かった」と安堵する辺り、修験者ならぬ我々も一緒にホッとしていました。但し、最終章「マンダラの気圧配置」に関しては、著者自身が手探り状態であるせいか、それまでのボルテージが一気に落ちて、門外漢の私などは投げてしまいました。その件を差し引いても、お釣りは来ます。現在78歳という年齢で、こんなポップな文章を書くのかと感動して買った1冊でした。やはり「難しいことを優しく」説明する人が一番偉いです。
  • 「アド・アストラ/スキピオとハンニバル」第8巻(カガノミハチ作、集英社)
    遂にシラクサの攻囲戦、「アルキメデスの器械」の登場です。しかし、これは既に、岩明均が『ヘウレーカ』でやってしまっているので、作者の苦心の跡が随所に見られます。「鉤爪」の攻撃なども、ローマの軍船側から描くので、意識して構図も変えてあります。「スパルタのダミッポス」も登場させるのですが(『ヘウレーカ』の愛読者としては複雑な気分)、まあ、面白ければ何でもありです。
  • 「プリニウス」第3巻(とり・みき+ヤマザキマリ作、新潮社)
    プリニウス一行は頽廃の都ローマを跡にして、ウェスウィウス火山の麓までやって来ます。やはり、皇帝ネロの自堕落な生活なんかよりも、大きな蛸が水揚げされたり、突然、温泉が湧き出したり、亜硫酸ガスで羊の群れが死んでいたり、天変地異の前兆に、プリニウスが遭遇していく、これこそが本題でしょう。こちらとしては、古代版の「SRI」(『怪奇大作戦』)みたいなことを期待している訳ですよ。こっそり、小プリニウスを登場させたりするのも、中々心憎い演出ではあります。
  • 「岸辺のヤービ」(梨木香歩著、小沢さかえ画、福音館)
    背の低い幼児の目線が捉える世界は、私が見ている世界とは絶対に違うはずだと思います。私自身のことを言えば、二男の車椅子を押して、一緒に街を歩いていると、彼が不思議な何かや面白い何かを発見することが多いのです。勿論、彼が指摘してくれなければ、こちらは目にも入らなかったものたちです。この物語の「ウタドリ先生」も、湖沼にボートを浮かべて、何気なく岸辺を眺めていた時、ヤービという小さな生きものに出会います。そもそも通常の目線とは全く異なる世界の見方をしていたのです。ですから、従来の人生や生活に行き詰ったり、これまでの価値観に限界を感じたり、仕事や作業が煮詰まったりした時には、実際に、そうしてみるだけで良いのです。妖精や妖怪、トロルやエルフに出会う一番簡単な方法です。それにしても、久々に素敵な本を手にすることが出来ました。
posted by 行人坂教会 at 14:50 | 牧師の書斎から