2015年11月09日

神さまの作品【エフェソ2:1〜10】

聖句「わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。」(2:10)

1.《不治の病》 映画『ある愛の詩』はラブストーリーの定番、「不治の病」ものの定番となった作品です。「愛とは決して後悔しないこと」の名台詞が有名ですが、むしろ、私にとっては、臨終のヒロインが「全部覚えていたケッヘル番号も思い出せない」と呻く場面が忘れられません。誰でも瀕死の状態になると、記憶、神経、摂食、知能などの障害を伴い始め、人の見分けも付かなくなります。そして呼吸も難しくなり、この世に別れを告げるのです。

2.《一球入魂》 「ケッヘル番号」は、膨大なモーツァルトの作品を整理するための作品番号です。大バッハの「BWV」、ハイドンの「ホーボーケン」、シューベルトの「ドイッチュ」も有名です。このように大芸術家は、後世の研究者によって作品が整理され番号まで振って貰えます。私たち凡人は「誰かに認めて貰いたい」と愚痴を言いますが、そのためには先ず自分が自分を認めることです。現代人は次々と新しい刺激を求めて、作品を使い捨てにして行きます。大量生産、大量消費の時代の中にあっても、私たちは「一球入魂」を目指すべきです。

3.《苦心の作》 「エフェソ書」は「あなたは神の作品なのだ」と言います。「造られたもの」と訳されていますが、ギリシア語の「ポイエーマ」には「作品、道具、詩」の意味もあります。他言語に翻訳されるや、「形成物」「手芸」「苦心作」と変奏が広がって行きます。神さまが夜鍋をして編んでくれた手袋のようではありませんか。私たちは、神さまが丹精込めて作られた苦心作だったのです。私たちは無意識の内に、ギリシア彫刻的な「健全な肉体美」を刷り込まれているので、病気や障碍、老衰を恐れ、そこから目を背けようとします。しかし、聖書は、あなたがどんな状態であれ「神の作品だ」と言っているのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:50 | 毎週の講壇から