2015年12月07日

これこそ、メシアのしるし【ルカ2:8〜21】

聖句「あなたがたは、布に包まって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(2:12)

1.《違いが分かる?》 その昔「違いが分かる男の…」というインスタントコーヒーのテレビCMが人気を博しました。幼心に私も「違いが分かる男」に成りたいと思って鋭意努力して参りましたが、中々違いが分かりません。世の中には、茶の味を飲み分けるを競う「闘茶」、ワインや日本酒の「試飲会」もあり、鮮魚の「目利き」もいます。大したものだと思います。私には「人を見る目」さえもありませんから、詐欺紛いの金の無心に騙される事しばしばです。

2.《似て非なるもの》 「いずれがアヤメかカキツバタ」と言うように「似て非なるもの」が数多くあります。単なる種類の違いではなく、真偽、真贋の違いもあります。本物があれば、当然それを真似る偽物が出て来ます。新約聖書に「偽メシア」「偽預言者」「偽使徒」「偽兄弟」「偽教師」等の語が頻出している所を見ると、騙された人も多かったのでしょう。「偽使徒」に注意を促すパウロ自身も、「偽兄弟」の被害に遭っていますから、笑うに笑えません。「私は騙されない」等と高を括るのではなく、少しは被害を受けて免疫を付ける必要があります。

3.《おむつのメシア》 イエスさま降誕の時代、ユダヤの民は救い主の到来を心待ちにしていました。当然それに呼応して、自称メシア、他称メシアが数多く現われました。熱心党の創始者、ガリラヤのユダ、テウダ、ユダヤ戦争の指導者、メナヘム、バル・コクバ等です。彼らは民衆のメシアニズムを鼓舞して反乱を指導しましたが、ローマ軍に鎮圧され滅ぼされてしまいました。どうして福音書にクリスマスの物語が加えられたのでしょうか。どうして、私たちのキリストは「おむつの赤ん坊」として登場するのか。それは、私たちが抱く軍事的指導者としてのメシアに対する反論では無かったでしょうか。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:48 | 毎週の講壇から