2016年01月31日

2016レント〜イースター案内

2016年のレント〜イースター案内です。


レント〜イースター案内のパンフレットの表紙

朝日牧師メッセージ「移動する復活の命」

レント〜イースターの諸行事スケジュール
posted by 行人坂教会 at 18:10 | 教会からのお知らせ

十年一昔と十年一日

1.契約更新

私が行人坂教会に赴任して10年の歳月が過ぎようとしています。新年度(4月)から11年目を迎えることになります。尤も、「解任要求」や「退任要望」も出ず、留任について総会の承認を得られればの話ですが…(笑)。

札幌の前任教会では「5年契約」を更新して、10年目を迎えた後、次の再更新は、財政的な観点からも教会形成の方針からも、難しいということでした。役員会では「先生御自身のステップアップのためにも、新しい任地を探されては如何ですか?」と、やんわりと仄めかして頂いたものです。

ところが、当教会においては「任期」や「契約更新」の話などは、ただの一言も出て来ませんでした。そのことを確認することも忘れて、私自身、何も考えずに、来年度の「牧会方針案」や「行事活動計画案」を役員会に提出してしまいました。どうも、来年も再来年も留任するのが当たり前のように思われているようです。そこまで信頼して頂いているなら、こんなに光栄なことはありません。先程の北海教区の「契約」観念からすると、東京の教会では、牧師と信徒とがお互い何も言葉にしなくても、了解し合っているかのようです。鷹揚と言えば鷹揚と言えましょう。

しかし、牧師と信徒との関係が悪化した場合には、どうするのでしょうか。例えば、牧師がカルト化したり、スピリチュアル・アビューズ(「信仰」を振り翳した虐待と横暴)を始めた場合には、どのようにして対処するのでしょうか。牧師が自分の立場を悪用して私利私欲に走ったり、教会運営と教会財産を私物化したりした時など、信徒は毅然と対処できるのでしょうか。老婆心ながら心配に成って来ます。実際、近隣の教会にも、そのような事例が幾つかあるのです。私自身は、定期総会を「契約更新」の時として受け止めています。

2.生きもの

それにしても、10年と言えば、確かに一時代ではある訳です。「十年一昔」と言うくらいです。それは子どもたちの成長を見れば一目瞭然です。この教会に赴任した後、長男は小学校の2年生に成りました。二男は幼稚園の年中組に入りました。それが来年度は、それぞれに高校3年生と中学3年生に進級します。

毎日、顔を合わせているせいでしょうか、自分の子を見ていても、よく分かりませんが、他家の子を見ていると、時間の流れが実感できます。10年前「教会学校こどもの礼拝」に出席していた子たちが、就職したり結婚したという消息を耳にするにつけ、「十年一昔」の現実がリアルに迫って来るのです。

この10年の間に、28名の会員が天に召されています。諸般の事情から、当教会が葬儀に関わったのは、その内19名に過ぎません。約3分の2です。キリスト教の信徒の場合、本人の遺志よりも、遺族の希望や家の宗教が優先されて、仏式の葬儀にされてしまうことも少なくないのです。また、最近では「家族葬」と為さることも多いのです。

それはともかくとして、思えば、実に大勢の人たちが旅立ってしまわれたものです。その中には、10年前にはお元気で、毎週の礼拝や聖書研究会を御一緒した方も多く、「十年一昔」の思いと共に、改めて「今、私たちが日曜毎に御一緒できることは、実は、とっても貴重な時間なのだな」と思われるのです。

勿論、寂しい悲しいばかりではありません。10年前には全く知らなかった人が、今ではお仲間に成って、御一緒に礼拝を守っているということもあるのです。この10年の間に、受洗や転入を経て、役員を務めて頂いた信徒の方も大勢あります。重要な奉仕を担っている方たちも沢山います。

このようにして考えると、やはり「教会は生きものだな」と思います。新陳代謝を繰り返しているのです。勿論、牧師の交代も新陳代謝機能の1つですが、それだけではなくて、天に召される者があり、新たに神さまが教会へ召される人もあるのです。肥え太るばかりが成長ではありません。生きものならば、皮下脂肪が落ちてスリムに成る時もあります。冬籠りを終えた直後の熊などは痩せ細っています。

3.新陳代謝

因みに「新陳代謝」は英語で「metabolism/メタボリズム」と言います。「新陳代謝させる」が「メタボライズ/metabolize」です。ラテン語で「メタボレー/metabole」と言えば音楽用語で「変調、音調変化」、修辞学の「語句転換」、要するに「倒置法」です。例えば、ユーミン(荒井由美)の「翳りゆく部屋」のサビの歌詞「どんな運命が愛を遠ざけたの/輝きはもどらない/わたしが今死んでも」とか、初音ミクの「うそつきでもすき」のサビ「君はつく/そんな嘘を/君は重ねる/そんな嘘を」とか…。

ですから、英語の「メタボリズム/metabolism」も本来は「物質交代」という意味です。生命の維持のために生物の体内で行なわれる化学変化のことです。吸収された栄養がエネルギーに変換されたりすることです。太ったお腹を指して「メタボ」「メタボ」等と言って蔑むのは、語の使用法において、大いに間違っているのです。

世に言う「メタボ」とは「メタボリック・シンドローム/代謝症候群」という語の略称ですが、むしろ問題視されているのは「代謝機能の低下」の方であって、「メタボリズム/新陳代謝」そのものは、生命維持に必要なことなのです。

因みに、語源はギリシア語の「メタボレー」です。「メタ/真ん中に、間に」+「ボレー/投げる」で「取り引き、売買、変化、変更、転換」です。やはり「十年一日の如く」ではありません。変化、代謝を続けているから、私たちは生きているのです。教会も同じです。

牧師 朝日研一朗

【2016年2月の月報より】

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