2016年05月02日

いつだって天国【マタイ28:16〜20】

聖句「だから、あなたがたは行って、全ての民を私の弟子にしなさい。…わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(28:19,20)

1.《天国と地獄》 「文明堂のカステラ」のCMでは、子熊たちが「天国と地獄」のカンカンを踊ります。そもそも、オッフェンバックの背徳的なオペレッタ『地獄のオルフェ』のクライマックス、地獄の者ども天の者ども入り混じって乱痴気騒ぎをする場面に付けられた「地獄のギャロップ」です。それが健全な運動会に使用されているから愉快です。落語の『地獄八景亡者戯』にも通じますが、地獄をも天国に作り変えてしまうバイタリティは素晴らしいと思います。

2.《昇天しない》 イエスさまは弟子たちを山の上に集めて、「全世界に福音を宣べ伝えよ」と「派遣命令」を出され、その後に「昇天」というのが、私たちの固定観念です。ところが、「マタイ」には「昇天」が存在しないのです。「はじめてのおつかい」のように、弟子たちが心許無くて、イエスさまは陰ながら見守って居られたのでしょうか。しかし、それでは、わざわざ弟子たちを山の上にまで集められた舞台設定が生きて来ません。御膳立ては終わっているのに、どうしてイエスさまは弟子たちの目の前で昇天しないのでしょうか。

3.《パラダイス》 私たちの人生も日々の暮らしも、常に楽しく安楽という訳ではありません。むしろ、悲しみや苦しみ、痛みや悩みに満ちています。周りの人たちの協力や励ましを受けて乗り越えられることもありますが、解決できない問題も多々あります。「この世を地獄」のように感じて、自らの命を絶つ人や自暴自棄に成る人もあります。共に十字架に磔にされた犯罪人に、主は「今日あなたは私と共にパラダイスにいる」と宣言されました。イエスさまと共にいる時、たとえ「地獄」でも「天国」なのです。「地獄」を「天国」に作り変えることが出来るのが、信仰なのです。その逆ではありません。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:49 | 毎週の講壇から