2016年05月16日

酔っているのではない【使徒言行録2:1〜16】

聖句「今は朝の9時ですから、この人たちは、あなたがたの考えているように、酒に酔っているのではありません。」(2:15)

1.《ペンテコステ》 キリスト教の三大祝日でありながら、日本では、クリスマスやイースターに比べて、格段に認知度が低いです。世間はともかく、ペンテコステ派の教会を除けば、教会の信徒からも、この日が重視されていないことが問題です。しかしながら、ペンテコステは、クリスマスが祝われるように成る150年も前から、教会で大切に守られて来た祭りです。日本人最初の受洗者(1548年)の記録もペンテコステでした。

2.《聖書とワイン》 世間からは「クリスチャンは禁酒禁煙」のレッテルを貼られていますが、酒を嗜む信徒は珍しくありません。また、聖書からワインを取り除いてしまったら、主の生涯や譬話が成り立たなくなってしまいます。聖書の人たちはワインを水割りして常飲していましたし、ワイン以外にも、大麦ビール、シードル、蜂蜜入りワイン、棗椰子酒がありました。聖書は「禁酒」を勧めてもいません。「酒に酔い痴れてはなりません。それは身を持ち崩す元です」(エフェソの信徒への手紙5章18節)と書いてあるのです。

3.《満たされた人》 「聖霊降臨」の場面では、弟子たちが「他国語」「多言語」で証をしたとされる部分(4〜11節)と「異言」を語ったと思しき部分(12〜13節)とが混在しています。ペンテコステ派では「異言」を語る人を「聖霊に満たされた人」と言います。ペトロもまた「酔っているのではない」と主張しますが、それだけ「酒に酔っている」ように見えたのです。「エフェソ書」の勧めも、その類似を言います。つまり、主の霊に満たされて、弟子たちは「酔っている」かのように、喜びに満ち溢れたのです。酒に「酔っていた」のではなく、霊に「満たされていた」のです。似ているけど違うのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:48 | 毎週の講壇から