2016年08月30日

9月第1主日礼拝

       9月 4日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 成長する建物=@音楽        朝日研一朗牧師
聖  書  エフェソの信徒への手紙 2章11〜22節(p.354)
讃 美 歌  27、116、490、400、416、76、89
交読詩編  詩編23編1〜6節(p.29)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2016年08月29日

義の実は平和の中【ヤコブ3:13〜18】

聖句「義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。」(3:18)

1.《ソフィア》 日本なら「知恵ちゃん」です。欧米では、略称の「ソフィー、ゾフィー」も含めて人気のある名前です。イスタンブールの世界遺産「アヤソフィア」も本来は「聖ソフィア大聖堂」でした。イエズス会設立の「上智大学」の名前も「聖母の連祷」の「知恵ある乙女/上智の座」から採られています。「上からの知恵、神の知恵」を「ソフィア」と呼んでいたのです。

2.《悔い改め》 「あなたがたの中で、知恵があり分別があるのは誰か?」という問い掛けを、寅さん風に言えば「お前、差し詰めインテリだな。それじゃ余計、女にモテないよ」です。内閣や政府が「学識経験者」を集めて、報告書や提言などを作らせていますが、政策を支持するだけの「御用学者」に過ぎない場合が多いのです。「ヤコブの手紙」は辛辣です。それでも、あなたがたが「神の知恵」が与えられていると言うならば、美しく魅力的な生き方、温情のある行ないをもって示しなさい。むしろ、あなたがたは「内心、妬み深く利己的である」のだから、自慢したり虚勢を張ったりしないで、恥を知り、真理に向き合いなさい。

3.《実を蒔く》 私たちが「人類の英知」等と威張っても、私たちが「知恵」と称しているものは、真の「知恵」ではないのです。「地上の知恵(狡知)」「この世の知恵(世知)」「悪魔から出た知恵」なのです。だから、便利で快適に成っても、幸せから遠ざけ、混乱と悪行の元凶にも成っています。科学技術も発明品も学術研究の成果も「妬みと利己心」から生み出されているからです。「上から出た知恵/上智」は賢さ、利口さ、機転や頭の回転の速さではなく、品性や人格に関わるものなのです。実を結べば自慢したくなるのが人情ですが、そこで結ばれた「良い実」を蒔くのです。そこに平和が作られるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:50 | 毎週の講壇から

2016年08月28日

ぼくなつ/牧師の夏休み

1.人はパンにて生くる

8月21日の朝、「東京都パラリンピック選手発掘プログラム」に参加する、二男の介助者として「東京都障害者総合スポーツセンター」(北区十条台)に行きました。  当初は自動車で行こうと思ったのですが、駐車場に限りがあるとのことで、公共交通機関を利用することにしました。王子駅や池袋駅からセンターまで、車椅子対応の送迎バスも、それぞれ1時間に1本くらいの割合で出ています。しかし、これも本数に限りがあるので、都営三田線西巣鴨駅から徒歩で行くことにしました。

西巣鴨駅の近辺(滝野川5丁目)に「ベーカリーMOGUMOGU(モグモグ)」というパン屋があって、そこでランチを購入しようと考えたのです。これは行って見てビックリ仰天。噂どおり驚きの安さで、目黒で暮らすということは、富士山の上で高い缶ジュースを買うのと同じことなのだと思い知らされました。天然酵母食パンが1斤235円、イギリス食パンが1斤255円、バゲットが1本300円、パン・ド・カンパーニュ300円、きなこ揚げパン100円、チョココルネ125円、栗のデニッシュ210円…。食いしん坊の私は思わず全種類を買って帰ろうかと思ったくらいです。それは何とか踏み止まり、結局、私がトルネードフランクチョリソー160円とホットドッグ210円を、二男がチキンと牛蒡155円と照り焼きチキンコッペ240円を買いました。1980年代にタイムリープしたような気分でした。

ランチを購入したまでは良かったのですが、ここからセンターまでの道程が案外に遠く、折から茹だるような酷暑の中、路線バスで言うと、6つくらい停留所を車椅子を押しながら歩くことになりました。ひたすらランチを楽しみにしながら…。

2.もう1つのスポーツ

「パラリンピック」という語は、聖書とも関係があります。「マルコによる福音書」2章、「マタイによる福音書」9章、「ルカによる福音書」5章には、イエスさまがカファルナウムで「中風の人を癒す」有名な物語があります。4人の友だちが床に寝たままの人を、御前に運んで来る話です。あの「中風の人」が「パラリュティコス」というギリシア語なのです。「パラリュオー/弱らせる、力を削ぐ、半身不随になる、麻痺する」から来た語です。英語では「Paralystic/パラリュスティック」と言います。

これと「オリンピック/Olympic」との合成語が「パラリンピック」です。そう言えば、聖書の中には、古代オリンピックの描写も出て来ます。「コリントの信徒への手紙T」9章24〜27節、「フィリピの信徒への手紙」3章12〜16節で、パウロが信仰者の生き方を、ランニングやボクシングの競技者に譬えているのです。また、聖書で「罪」を表わすギリシア語「ハマルティア」も、アーチェリーの「的外れ」から来ているのです。

因みに「パラリンピック」という名称が使用されるように成ったのは、1988年のソウル大会からです。それ以前には「国際ストーク・マンデヴィル競技大会/International Stoke Mandeville Games」と呼ばれていました。

ナチスの迫害を逃れて、ドイツから英国に亡命したユダヤ人医師、ルートヴィヒ・グットマンが「パラリンピックの父」と呼ばれています。彼は戦時下「ストーク・マンデヴィル病院」脊髄損傷センターの所長に就任して、傷痍軍人たちの治療に当たっていましたが、その中から「手術よりもスポーツを」という閃きを得て、1948年から病院でスポーツ大会を開催するようになったのです。やがてオランダからの参加者も得て国際化し、1960年に、オリンピック後のローマで国際大会(車椅子競技大会)を開いたのが、後に「第1回パラリンピック」と位置付けられています。つまり、「第2回パラリンピック」は、意外や意外、1964年の東京だったということです。

さて、当日も「水泳」「陸上競技」「バドミントン」「ゴールボール」「シッティングバレー」「車いすテニス」「車いすフェンシング」「アーチェリー」「柔道」等、多種多様な競技体験が行なわれましたが、障碍もまた多種多様です。陸上競技でも義足の人と視覚障碍者とでは、全くジャンルが異なる訳です。ここには、健常者とは違う「もう1つのスポーツ/パラ・スポーツ/para-sports」の世界があります。

二男は「ボッチャ/Boccia」と「ボート」体験をして来ました。「ボッチャ」はイタリア語で「ボール」を意味します。南仏プロヴァンスの「ペタンク/pétanque」に似た競技と言って置きましょう。これまでも何度か彼の試合や練習を見学していたのですが、介助者として手伝ったのは初めてだったので、とても緊張しました。

3.「迷い道くねくね」

家族や友人たちの間では、私の方向音痴は知られています。センターからの帰り道、素直に王子駅行きの送迎バスに乗れば良いものを、また西巣鴨のパン屋に寄って、お土産を買おう等と欲を出したのが、そもそもの過ちでした。「ひとつ曲がり角、ひとつ間違えて」、気が付いたら、王子神社の前に来ていたのです。

ここまで来たら、素直に東京メトロ東西線の王子駅から目黒に帰れば良いものを、またぞろ炎天下を逆戻りして、西巣鴨に戻って行ったのでした。余りの暑さに、途中2度ばかりスーパーマーケットに入って涼を取りました。

それにしても、方向音痴の私と車椅子の二男の散歩は、常に異界への扉を開きます。象に乗った普賢菩薩と獅子に乗った文殊菩薩を脇侍とした釈迦三尊の石像に引かれて、つい古いお寺の境内に入って行ったり、立派なランチュウの入った水槽を幾つも並べた民家の車庫に侵入したり、「クロユリ団地」のような廃墟の中を通ったり…。残念ながら、西巣鴨に着いた時には、パン屋に立ち寄る元気はもう残っていませんでした。

牧師 朝日研一朗

【2016年9月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など

2016年08月23日

8月第4主日礼拝 

       8月28日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 義の実は平和の中に=@音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  ヤコブの手紙 3章13〜18節(p.424)
讃 美 歌  27、374、490、558、532、88
交読詩編  詩編87編1〜7節(p.99)

讃美歌練習 (9月の月歌:116番)   礼拝後    礼拝堂

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

よい知らせは世界中で【コロサイ1:22〜29】

聖句「この福音は、世界中至るところの人々に宣べ伝えられており、わたしパウロは、それに仕える者とされました。」(1:23)

日本の教会の伝道はふるわない、このままでは次の世代はどうなるという危機感を募らせる言葉をよく聞きます。しかしそもそも何のために伝道するのか、教会としても一信仰者としても共有しているでしょうか。

パウロは回心後、自分のすべてをキリストのためにささげた強い伝道のモチベーションがありました。それは、今や御子の死によって神の前に聖なる者としていただけた(22節)、そのありがたさを心から信じこの福音の希望が世界中で共有されているスケールの大きなものであることを実感していたからです(23節)。なのにもし信仰を「私の心の中だけのもの」などと私物化して伝道を遠慮したりしては、キリストの贖いを小さくしている上に神の国から他者を締め出すことです。

何よりも確実な神の国の国籍をいただいている(フィリピ3:20)栄光を、私たちはキリストのお苦しみの意味がなお欠けているこの国で宣べ伝えなければなりません。伝道は、自らの危機感や一挙両得のためではなく、すでに世に勝利されているキリストの力が私たちの内に力強く働くことなのです。

キスト岡崎さゆ里宣教師

posted by 行人坂教会 at 05:00 | 毎週の講壇から

2016年08月16日

8月第3主日礼拝

       8月21日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 よい知らせは世界中で音楽     
        キスト岡崎さゆ里宣教師(南支区宣教師、久が原教会)
聖  書  コロサイの信徒への手紙 1章22〜29節(p.369)
讃 美 歌  27、374、490、52、403、88
交読詩編  詩編87編1〜7節(p.99)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2016年08月15日

主イエスの開かれた世界【ヨハネ14:1〜14】

聖句「わたしは道であり、真理であり、命である。」(14:6)

1.《わたしは道であり、真理であり、命である。》 主イエスは、ご自分が十字架に掛けられる前の晩に、不安な思いでいた弟子達に、「心を騒がせるな。神を信じ、私を信じなさい。」と言って、慰め励まされました。そして、「あなた方の為に場所を用意しに行くのだ」と告げられたのですが、彼らは、そこへ行く“道”が分かりませんと尋ねた時に、主が語られたのが、この御言葉です。将に、キリストこそ「父なる神に至る、唯一つの道」であり、「真理」、又、「永遠の命」です。

2.《わたしを通らなければ、だれも、父のもとに行く事は出来ない。》 主イエスは、又、ご自分によらなければ誰も父のもとに行く事は出来ないと明言されました。神から来られた、独り子なる御子イエス様のみが、父なる神様の御心を完全に現わす事の出来るお方であり、全人類の罪を贖い得る唯一のお方なのです。主イエスと父なる神は一つです。主イエスの内に父なる神様がおられ、父なる神様の中に主イエスがおられる事を信じなさい、と主は勧めておられます。「主イエスを見た人は、実は、父なる神様を見た」のであります。

3.《私の名によって願う事は何でもかなえてあげよう。》 主イエスが死と復活を通して開かれた、「主イエスと共にいつもいると言う、この恵みに満ちた、永遠の命の世界」が、福音として宣べ伝えられる為には、私達の力ではなく、上からの力、即ち、神様ご自身とイエス・キリストからもたらされる「聖霊」によらなければ不可能な事です。主は「何でも求めなさい」と言って下さいますが、何にも増して、主の御霊を祈り求めるように、私達に勧めておられます。

清瀬弘毅牧師

posted by 行人坂教会 at 18:50 | 毎週の講壇から

2016年08月09日

8月第2主日礼拝

       8月14日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 主イエスの開かれた世界=@清瀬弘毅牧師(西東京教区隠退教師)
聖  書  ヨハネによる福音書 14章1〜14節(p.196)
讃 美 歌  27、374、490、226、471、88
交読詩編  詩編87編1〜7節(p.99)

※当日の礼拝の音声録音はありません。あらかじめお伝えします。
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2016年08月08日

ピースメーカー(ズ)【マタイ5:1〜12】

聖句「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(5:9)

1.《アメリカの平和》 コルトSAAは、西部開拓者を先住民の襲撃から守った拳銃として「ピースメーカー」の愛称で呼ばれています。コンベアB-36戦略爆撃機にも「ピースメーカー」の別称がありました。B-29の後続機で、大戦後に米軍に配備、朝鮮戦争でも温存されました。航続距離が11,000キロもあり、ソ連と中国への核攻撃を準備していたのです。「平和」という語に騙されてはいけません。問題は誰のための平和であるかです。

2.《自分たちの平和》 カナダ人のイアン・アーシーは、日本の「お役所言葉」の研究をした人です。彼によると、日本では「戦争」は忌み言葉で、常に「平和」と言い換えているそうです。「平和記念公園」等と言いますが、平和を祈念する以前に、戦争の愚かさを直視すべきでしょう。他にも、戦争は事変、日本軍は自衛隊、敗戦は終戦と、語にモザイクを掛けています。「平和国家」を自称しながら、沖縄に米軍基地を集中させ、米軍の後方基地として機能することで、私たちも戦争の加害者であり続けているのです。米軍が敵地に原爆を落として「ピースメーカー」と主張するのと同じくらい、恥ずべきことです。

3.《平和を作り出す》 イエスさまは「平和を愛する人」でも「平和を好む人」でもなく「平和を作り出す人たち」が幸いであると仰います。しかも、それは複数形です。自分だけに実現すれば良いのではなく、複数の人たち、異なる共同体と共に実現されるのです。元海兵隊員で平和運動に転じたアレン・ネルソンは、ベトナムの農村を攻撃した時、偶然に若い母親の出産に遭遇して、人間性を回復して行きます。帰還後、小学生たちに体験を語った時、「あなたは人を殺しましたか?」という少女の問い掛けを突き付けられて、運命を変えられます。それこそが「平和が作り出された」瞬間だったのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:50 | 毎週の講壇から

2016年08月03日

山中湖へ!

7月31日礼拝後、教会からバスで山中湖に行きました。東京YMCA山中湖センターに一泊しました。 自然の中での祈りの時、ハイキングやカヌーなど、みんなで山中湖の夏を楽しみました。

山中湖

山中湖センターでお祈り

山中湖キャンプ

山中湖でカヌー

posted by 行人坂教会 at 14:14 | 教会アルバム