2016年08月02日

8月第1主日礼拝(平和聖日)

       8月 7日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 ピースメーカー(ズ)=@音楽    朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 5章1〜12節(p.6)
讃 美 歌  27、374、490、562、371、75、88
交読詩編  詩編87編1〜7節(p.99)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2016年08月01日

マムシにご用心!【マタイ12:33〜37】

聖句「蝮の子らよ、あなたたちは悪い人間であるのに、どうして良いことが言えようか。」(12:34)

1.《蝮の思い出》 田舎の田園地帯に育った私は、小さい頃から蛇に慣れ親しんでいました。それでも、ヤマカガシに対峙した時には、(当時は毒蛇とされていませんでしたが)本能的な不安を感じました。雨上がりの翌日、甲羅干しをする蝮の群れを避けながら山を走ったこともあります。隣の家のおじさんからは、蝮の捕まえ方と「マムシ酒」の作り方を教えられました。

2.《蝮の子らよ》 アダムとエバを誘惑する「楽園の蛇」、モーセやアロンの「杖の蛇」、荒れ野の「青銅の蛇」等、聖書には何度も蛇が登場します。聖書の舞台であるパレスチナ地方も36種類もの蛇の生息が確認されています。それだけ身近な存在だったのです。「信じる者は蛇を摑む」(マルコ16:18)の御言葉を、蝮に咬まれても害を受けなかったパウロの物語と混合して、それを信仰の証と誤解した米国の新興宗教「ヘビ教/Snake Handling Cult」があります。そんなことがキリスト教の福音の核心でないのは言うまでも無いことです。しかし、枝葉末節に終始して、本末転倒を起こすのが人間の習性です。

3.《悪い者でも》 洗礼者ヨハネと同じく「蝮の子らよ!」と叱りながらも、それでもイエスさまは、私たちを見捨ててはおられません。「悪い人間であるのに…」は、「あなたがたは悪い者でありながらも…」(マタイ7:11)に通じる物言いです。むしろ、キリストの十字架は、「悪い人間」「蝮の子ら」でしかない私たちを救おうとして成された奇跡では無かったでしょうか。私たちの言葉は「つまらない」(36節)ものです。「無益、無駄、不注意、軽率」です。私たちの「実」、行ないも(自分では善行をしたつもりでも)取るに足りないのです。むしろ、自らを悪人と覚えて、主の憐れみにお縋りしましょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:51 | 毎週の講壇から