2016年08月28日

ぼくなつ/牧師の夏休み

1.人はパンにて生くる

8月21日の朝、「東京都パラリンピック選手発掘プログラム」に参加する、二男の介助者として「東京都障害者総合スポーツセンター」(北区十条台)に行きました。  当初は自動車で行こうと思ったのですが、駐車場に限りがあるとのことで、公共交通機関を利用することにしました。王子駅や池袋駅からセンターまで、車椅子対応の送迎バスも、それぞれ1時間に1本くらいの割合で出ています。しかし、これも本数に限りがあるので、都営三田線西巣鴨駅から徒歩で行くことにしました。

西巣鴨駅の近辺(滝野川5丁目)に「ベーカリーMOGUMOGU(モグモグ)」というパン屋があって、そこでランチを購入しようと考えたのです。これは行って見てビックリ仰天。噂どおり驚きの安さで、目黒で暮らすということは、富士山の上で高い缶ジュースを買うのと同じことなのだと思い知らされました。天然酵母食パンが1斤235円、イギリス食パンが1斤255円、バゲットが1本300円、パン・ド・カンパーニュ300円、きなこ揚げパン100円、チョココルネ125円、栗のデニッシュ210円…。食いしん坊の私は思わず全種類を買って帰ろうかと思ったくらいです。それは何とか踏み止まり、結局、私がトルネードフランクチョリソー160円とホットドッグ210円を、二男がチキンと牛蒡155円と照り焼きチキンコッペ240円を買いました。1980年代にタイムリープしたような気分でした。

ランチを購入したまでは良かったのですが、ここからセンターまでの道程が案外に遠く、折から茹だるような酷暑の中、路線バスで言うと、6つくらい停留所を車椅子を押しながら歩くことになりました。ひたすらランチを楽しみにしながら…。

2.もう1つのスポーツ

「パラリンピック」という語は、聖書とも関係があります。「マルコによる福音書」2章、「マタイによる福音書」9章、「ルカによる福音書」5章には、イエスさまがカファルナウムで「中風の人を癒す」有名な物語があります。4人の友だちが床に寝たままの人を、御前に運んで来る話です。あの「中風の人」が「パラリュティコス」というギリシア語なのです。「パラリュオー/弱らせる、力を削ぐ、半身不随になる、麻痺する」から来た語です。英語では「Paralystic/パラリュスティック」と言います。

これと「オリンピック/Olympic」との合成語が「パラリンピック」です。そう言えば、聖書の中には、古代オリンピックの描写も出て来ます。「コリントの信徒への手紙T」9章24〜27節、「フィリピの信徒への手紙」3章12〜16節で、パウロが信仰者の生き方を、ランニングやボクシングの競技者に譬えているのです。また、聖書で「罪」を表わすギリシア語「ハマルティア」も、アーチェリーの「的外れ」から来ているのです。

因みに「パラリンピック」という名称が使用されるように成ったのは、1988年のソウル大会からです。それ以前には「国際ストーク・マンデヴィル競技大会/International Stoke Mandeville Games」と呼ばれていました。

ナチスの迫害を逃れて、ドイツから英国に亡命したユダヤ人医師、ルートヴィヒ・グットマンが「パラリンピックの父」と呼ばれています。彼は戦時下「ストーク・マンデヴィル病院」脊髄損傷センターの所長に就任して、傷痍軍人たちの治療に当たっていましたが、その中から「手術よりもスポーツを」という閃きを得て、1948年から病院でスポーツ大会を開催するようになったのです。やがてオランダからの参加者も得て国際化し、1960年に、オリンピック後のローマで国際大会(車椅子競技大会)を開いたのが、後に「第1回パラリンピック」と位置付けられています。つまり、「第2回パラリンピック」は、意外や意外、1964年の東京だったということです。

さて、当日も「水泳」「陸上競技」「バドミントン」「ゴールボール」「シッティングバレー」「車いすテニス」「車いすフェンシング」「アーチェリー」「柔道」等、多種多様な競技体験が行なわれましたが、障碍もまた多種多様です。陸上競技でも義足の人と視覚障碍者とでは、全くジャンルが異なる訳です。ここには、健常者とは違う「もう1つのスポーツ/パラ・スポーツ/para-sports」の世界があります。

二男は「ボッチャ/Boccia」と「ボート」体験をして来ました。「ボッチャ」はイタリア語で「ボール」を意味します。南仏プロヴァンスの「ペタンク/pétanque」に似た競技と言って置きましょう。これまでも何度か彼の試合や練習を見学していたのですが、介助者として手伝ったのは初めてだったので、とても緊張しました。

3.「迷い道くねくね」

家族や友人たちの間では、私の方向音痴は知られています。センターからの帰り道、素直に王子駅行きの送迎バスに乗れば良いものを、また西巣鴨のパン屋に寄って、お土産を買おう等と欲を出したのが、そもそもの過ちでした。「ひとつ曲がり角、ひとつ間違えて」、気が付いたら、王子神社の前に来ていたのです。

ここまで来たら、素直に東京メトロ東西線の王子駅から目黒に帰れば良いものを、またぞろ炎天下を逆戻りして、西巣鴨に戻って行ったのでした。余りの暑さに、途中2度ばかりスーパーマーケットに入って涼を取りました。

それにしても、方向音痴の私と車椅子の二男の散歩は、常に異界への扉を開きます。象に乗った普賢菩薩と獅子に乗った文殊菩薩を脇侍とした釈迦三尊の石像に引かれて、つい古いお寺の境内に入って行ったり、立派なランチュウの入った水槽を幾つも並べた民家の車庫に侵入したり、「クロユリ団地」のような廃墟の中を通ったり…。残念ながら、西巣鴨に着いた時には、パン屋に立ち寄る元気はもう残っていませんでした。

牧師 朝日研一朗

【2016年9月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など