2017年03月26日

裏切り者の名を受けて【マルコ3:13〜19】

聖句「…タダイ、熱心党のシモン、それに、イスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。」(3:18,19)

1.《ジュード》 ビートルズの「ヘイ・ジュード」は、失意の友を励ます名曲ですが、クビショヴァにカバーされて「プラハの春」と「チェコ事件」を象徴する歌ともなりました。「ジュード」とは、英語の「ジューダス/ユダ」の愛称です。但し、英語圏では「裏切り者のユダ」を「ジューダス」、「ユダの手紙」の著者「主の兄弟ユダ」や十二使徒のユダを「ジュード」と使い分けています。

2.《他のユダ》 「ルカによる福音書」は十二使徒に別のユダ「ヤコブの子ユダ」を数えていますし、「ヨハネによる福音書」には「イスカリオテでない方のユダ」が出て来ます。彼は「タダイ」と同一視され「ユダ・タダイ」と呼ばれることもあります。余り印象のない弟子ですが、新約外典「アブガルスとイエスの往復書簡」によれば、主の復活後に、このユダがシリアのエデッサで最初の主教となるのです。同じユダでも「裏切り者のユダ」と「聖ユダ」とでは大違いです。聖書には、同じ名前の人物が数多く登場して、混乱を招く原因になっていますが、一緒にされて一番迷惑だったのは本人であったはずです。

3.《引き渡す》 同名の人が多かったので「このユダが…」と書いてあるのです。「イスカリオテのユダ」だけが、世の終わりまで「裏切り者の名を受けて」蔑まれる結果となってしまいました。他のユダたちと、何が違っていたのでしょう。「裏切る/パラディドーミ」の第一義は「引き渡す」です。「売り渡す、差し出す、放棄する」の意味もあります。私たちも自らの欲望に目が眩んだり、弱みを握られて脅されたり、誰かの歓心を買おうとして、大切な何かを引き渡してしまうことがあるのです。しかし、ユダは主の十字架しか知らず絶望しましたが、私たちは主の復活を知っているのです。そこに希望があります。

朝日研一朗牧師

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雲に乗る者

1.雲上の神

「わたしたちは子供のころ、親を仰ぎ見た――つまり、下から見上げるという動作をした――ものだが、子供にとっては親は神にいちばん近いものではなかっただろうか。だからきっとわたしたちは、大人になると今度は神を慕って天を見上げるのだ。もちろん、雨が降ったり日が照ったりするからでもある。人知のおよばない天候に人間の生死がかかっているのだ。理由はどうあれ、わたしたちは神を求めて雲を見上げ、神と雲とを結びつけてきた。飛行機で空を飛べるようになった今日、雲の上に神がいないとわかってしまったのは、寂しいかぎりではないか。」(G・プレイター=ピニー著、桃井緑美子訳『「雲」の楽しみ方』)

それでも私は、毎日のように空を見上げています。時には、空を見上げて祈ることすらあります。そして、雲を見ると、何となく神さまがその辺りに居られるような、そんな気がするのですから、我ながらどうかしています。文字通り「雲の上の御方」を思って、天を仰いでしまうのです。21世紀を生きていながら、私たちの観念の中には、未だに、そのような文脈が残ってしまっているのです。

2.春ぎらい

春は天候が不安定です。晴れの日と雨の日とが交互に訪れるのも、この季節の特徴です。朗らかな陽射しの日があるかと思えば、どんよりと雲が垂れ込める日もあったりします。爽やかな風に心が浮き立つ日もあれば、突然の「春の嵐」に浮き足立つ日もあります。

そもそも気温が安定しないので、誰もが体調を崩し易い季節です。昔から「木の芽時」等と言って、精神の失調も起こし易い。花粉症をはじめとするアレルギーに苦しむ人にとっても、実に悩ましい季節です。年度替りで、新しい職場や転居先、学校やクラスに馴染めずにストレスを抱える人も数知れません。

私にとっても、春は苦手な季節でした。けれども、教会生活を重ねる中で、この季節を受け入れることが出来るようになりました。それは「レント/受難節」を通してです。イエスさまの十字架を偲ぶ「レント」こそは、教会が最も教会らしい季節だと思ったからです。そんな「レント」の到達点として「イースター/復活日」を迎える時、大嫌いだった季節が、それ程に嫌いなものに感じられなくなったのでした。ですから、「教会暦」に沿って、キチンと礼拝生活を守ると、身心の健康が保たれるのです。これは紛れもない事実です。それこそが、神の秩序の中に身を置くということです。

「暑さ寒さも彼岸まで」等と言って、誰しも、夏の暑さ、冬の寒さを乗り越えることに思いを向けがちなのですが、最も気を付けなくてはならない季節は春なのかも知れません。実際、春をしくじると、不調が一年中続いてしまうのです。

3.ユーミン

荒井由実(松任谷由実)に「ベルベット・イースター」という歌があります。♪「ベルベット・イースター/迎えに来て/まだ眠いけど ドアをたたいて//空がとっても低い/天使が降りてきそうなほど/一番好きな季節/いつもと違う日曜日なの」。

日本のポピュラーソング史上、初めて「イースター」を季語として歌い込んだ歌ではないでしょうか。「まだ眠い」春の日、「天使が降りてきそうなほど」「空がとっても低い」曇り空なのです。「いつもと違う日曜日なの」も、今改めて聞き直すと、イースター(復活日)が日曜日であることがさり気無く表現されています。「ベルベット」は「ビロード、天鵞絨(てんがじゅう)」ですから「パイル織りの」文様が目に浮かび、重苦しい質感と手触りの滑らかさとが同居した複雑な味わいです。

現在、ユーミン自身は「天河財辯天社」という教派神道の信者さんらしいですが、聖公会の立教女学院高校の出身です。当然、周囲にクリスチャンの友人知己もいたはずです。某教会のAさんは元教師で、「私は、ユーミンに教えたことがあるのよ」「中学時代から凄い才能があってね、『先生、見てください』って、放課後に譜面を持って来ていたのよ」と、私に思い出話を聞かせてくれました。

4.雲上の人

「ベルベット・イースター」は、1973年のユーミンのデビューアルバム、「ひこうき雲」のB面1曲目に入っていました。偶然にも先日、学芸大学東口商店街の中古レコード屋「サテライト」で、このアルバムを私は手に取ったのでした。A面1曲目は、勿論「ひこうき雲」です(名曲ですが、今思えば、プロコル・ハルムの「青い影/A Whiter Shade of Pale」とコード進行がクリソツ!)。

2013年に、宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』のエンディングに使用されたので、最近の人たちの耳にも馴染んでいる歌です。♪「空に憧れて/空をかけてゆく/あの子の命はひこうき雲」というサビの部分は誰もが覚えているでしょう。

一説によると、荒井由実は自死した友だちのことを歌っているそうです。そう言われてみれば、♪「高いあの窓で あの子は死ぬ前も/空をみていたの 今はわからない/ほかの人には わからない」という部分は、聴く度にグッと胸を摑まれる思いがします。

先に逝った人たちのことを思い出す時にも、私たちは空を見上げます。私たちは普段から「天に召された」と言い習わしていますが、そうではない、ノンクリスチャンの人でも、思わず空を見上げるのではないでしょうか。それは「手の届かなさ」を、「もう届かない思い」を吐露しているのでしょうか。でも、私は言いたいのです。「また届くよ」と。

私たちは誰でも皆、神さまの御もとに行くことが出来るのです。愛する心、信じる心、待ち望む心があれば…。

牧師 朝日研一朗

【2017年4月の月報より】

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キリスト教こんにゃく問答]]「礼拝と労働」

1.働いて食べる

私は「働かざる者、食うべからず」と教えられて来ました。祖母や母は、この諺によって私の怠け心を戒めていました。まさか、これが聖書の言葉であったとは…(「テサロニケの信徒への手紙二」3章10節)。後年、聖書の中に発見した時の、私の驚きと言ったら、「豚に真珠」「目から鱗」に匹敵する衝撃でした。

前の「口語訳」では「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と訳されていました。「新共同訳」では「働きたくない者は、食べてはならない」に成っています。「大正文語訳」でも「人もし働くことを欲せずば食すべからず」です。よく見ると「働かざる者/現に働いていない者」ではありません。働く意欲や意志が問題にされているのです。当然ながら、働きたくても働けない人もいるのです。

共産党のように、労働を神聖視(偶像化)しているのでもありません(実は、レーニンも「働かざる者、食うべからず」を「社会主義の実践的戒律」と称揚して居り、この聖句は「スターリン憲法」にも引用されているのですが…)。況してや、労働の成果や実績を至上とし、利益や利潤を追求しているのでもありません。そうではなくて、パウロは「怠惰な生活に陥るな」と勧めているのです。

どうやら、テサロニケには、終末思想の影響を受けて、「世の終わりは近いから、あくせく働く必要は無い」等と吹聴する輩がいたようなのです。しかし、そんな輩もまた「兄弟」であることには違いありませんから、教会として彼らに食事を与えて、世話をしていたようなのです。それでパウロは、テサロニケに滞在していた時にも、自分は「だれからもパンをただでもらって食べたりはしませんでした。むしろ、だれにも負担をかけまいと、夜昼大変苦労して、働き続けたのです」と証言しているのです。殊更に自分の労働を強調し、自慢しているようにも見えて、如何にもパウロがイヤミたらしい性格に感じられます。しかし、彼が言っているのは「お互いがお互いを祈り合い、お互いに仕え合い、共に働く中に信仰共同体は生まれる」という、ごく単純な事実です。

2.苗木を植える

パウロは「天幕造りの職人」、「テント造り」を生業にしていたと書いてあります(「使徒言行録」18章3節)。コリントやテサロニケでは、きっと、仕事をしながら宣教活動を行なっていたのでしょう。テサロニケで、パウロはヤソンという人の家に泊まっていましたが、単なる居候に成らないように、滞在費を支払っていたのでしょう。但し、先の「働き続けた」という語には「生活費を稼いだ」という意味だけではなく、「福音宣教のために活動した」という意味もあるようです。

「援助を受ける権利がわたしたちになかったからではなく、あなたがたがわたしたちに倣うように、身をもって模範を示すためでした」。原始教会の使徒たちには、「援助を受ける権利」が認められていて、信徒たちが皆で彼らを養っていたのです。働く意欲を失い、怠惰に陥った人たちがいるのを見て、パウロは「模範を示すために」「働き続けた」のです。

マルティン・ルターの名言「たとえ私が明日世界が滅びることを知ったとしても、今日なお私は私のリンゴの苗木を植えるだろう」が思い出されます。そう言えば、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』第19話「男の戰い」で、人類滅亡の危機が迫る中、加地リョウジが畑に水を撒いて、スイカの世話を続けていたのは、ルターの「リンゴの木」に対する庵野秀明の目配せだったのでしょう。

さて、これらのパウロの発言の背景には「十二使徒の教訓/ディダケー」があります。1世紀末から2世紀頃に、シリアで書かれたと推測される文書です。かつては新約聖書の正典と同等の価値があるとされていました。

「主の名において来るものは皆、うけ入れなさい。…来た人が旅の途上にある人ならば、できる限りの援助をしなさい。…その人が職人であってあなたがたのところにとどまることを望む場合には、その人は働いて食物を得るべきである。その人が手に職のない場合には、キリスト者であるということで無為にあなたがたと一緒に過ごすことにならないよう、あなたがたはあなたがたの洞察に従ってあらかじめ配慮しなければならない。もし彼がそのように行動することを望まないならば、その人はキリストで商売する人である。このような人たちに注意しなさい」(荒井献編『使徒教父文書』より、佐竹明訳「十二使徒の教訓」、講談社文芸文庫)。

つまり、キリスト者たる者は「無為に」時を「過ごす」ことなく「働く」者なのです。但し、信仰生活に言われる「働き」は、賃金を稼ぐこと、金儲けではありません。先の「ディダケー」で言えば、他者を「援助する」ことです。ルター風に言えば「私の苗木を植える」ことです。現実社会での成功や蓄財(「商売」)、裕福になることに対しては、むしろ、誘惑に陥らぬようにと「注意」を払っているのです。

3.聖なる務めを

こんなことを書いたのは、他でもありません、「礼拝」について考えていたからです。「礼拝」という語の、聖書的な語源は、ヘブル語の「アーバド/働く、仕事をする、勤務する」という動詞にあるからです。ここから「奉仕する」「神に仕える、礼拝する」へと拡がるのです。名詞の「アボーダー」も「仕事、職、礼拝」です。新約聖書では「礼拝」を、ギリシア語コイネーで「ラトレイア」と訳しました。本来「ラトレイア」は、労働者の働き、奴隷の奉仕、服従を表わす語だったのです。これが英語の「リタージー/liturgy」に成ると「貴いこと」という意味に成るから不思議です。

本来、古代エジプトであれ古代ギリシアであれ、労働は奴隷がすべきことと見なされていました。旧約聖書も紀元前の書物であるが故に、中には「労働は懲罰」と主張している箇所が散見されます。しかし、キリスト教信仰が中近東、アフリカ、地中海沿岸地方から北ヨーロッパへと移って行く中で、何等かの「価値の逆転」があったのです。

キリスト教信仰の普及と共に「働くことは貴いこと」に成ったのです。いや「貴いこと」という価値付けをすることによって、「働くこと」それ自体が高められて行ったのです。実際、1日に7〜8回「時禱/Horae canonicae」を行なう「聖務日課/Officium divinum」等、勤勉でなければ出来ません。「聖務日課」は、英語で「Divine office/聖なる務め」です。現代では「オフィス」は「事務所、業務施設」ですが、何を隠そう、キリスト教用語だったのです。ここにも「礼拝と労働」との繋がりが見い出せます。

イングランドとスコットランドの宗教改革は「安息日厳守主義/Sabbatarianism」を生み出します。礼拝を厳守して、日曜日には、商取引や旅行は勿論のこと、訪問や接待、スポーツ等の全てのレクレーションも禁止したのです。「聖日厳守主義」として、最近まで、日本の教会でも大切にされていました。しかし、今や「世俗の勤務/Secular office」が「聖なる務め/Divine office」より優先される時代に成ってしまいました。現代では「仕事で礼拝を欠席します」という連絡に、何の負い目もありません。

「オフィス」という語だけではありません。教会で生み出された労働価値と労働倫理は、世俗社会や企業に絡め取られ、奪われてしまったのです。奪われるだけなら未だしも、「神を神とも思わず、人を人とも思わぬ」ような利己主義を補完する材料として、悪用される結果となっているのです。

「働くことが、即ち、生きることではない」という問題提起が為されています。果たして、ハンディキャップがあって、人と同じように働けない人は生きるに値しないのでしょうか。高齢になって、以前のように働けなくなったら生きるに値しないのでしょうか。そもそも資本に仕えて働くことは、そんなに高貴なことでしょうか。非正規労働者は無残に使い捨てられ、正規雇用者も搾取された挙句に過労死させられ、グローバリズムは格差社会を招き、消費経済と営利追及は地球規模の環境破壊をもたらしています。山積する問題の大きさを見れば、資本主義が末期的症状を呈していることは、誰にとっても一目瞭然です。

そんな渦中にあって、キリスト教会は、未来の信仰共同体に相応しい労働(礼拝であり奉仕)を、独自に新しく提案する必要があるのです。


【会報「行人坂」No.254 2017年3月発行より】

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五百年前の白薔薇

「ドイツ聖書協会」から「ルター聖書/Lutherbibel」の「宗教改革五百年記念版」が出ていました。デザインや装丁が素晴らしく、カラー写真や図版も多数掲載されていて、思わず衝動買いをしてしまいました。やはり、何よりも先ず、書籍は美しくなくちゃいけません。触り心地が大切です。

表紙には「ルターの薔薇」として知られる「白薔薇」の紋章が刻印されています。黒いラテン十字架の下に真っ赤なハート、それを受けるのは五瓣の白薔薇、その下地には天上の青い空(ヘヴンリーブルー)、それを金色の輪が囲んでいます。「日本福音ルーテル教会」HPによると、次のように解説されていました。「黒い十字架が付いた赤いハートは、死んで蘇えったキリストへの信仰を/その周りの白薔薇は、この世を超えた喜び、慰め、平和を/空色の地は、天の喜びの始まりを表わし/それらを囲む金色の輪は、永遠にして高貴な救いを与えられていることを象徴しています」と。

この紋章の由来ですが、画家のルカス・クラーナハの紋章からヒントを得て、ルターが自分で考案したと言われています。確かに、クラーナハの絵画には、蝙蝠の翼を持つ蛇が刻まれたルビーが描かれています。また、一五四三年のルターの誕生日に、妻のカタリーナが夫へのプレゼントとして、家の入り口に彫らせたとも言われています。

金色の輪の外に「Des Christen Herz auf Rosen geht,wenn’s mitten Kreuz steht.」という題字が施されているデザインもあります。曰く「薔薇の上に置かれたキリスト教徒の心臓は、十字架の真下にある時に脈打つ」。ルターが唱えた宗教改革のスローガン「信仰のみ、恵みのみ、聖書のみ/Sola Fide,Sola Gratia,Sola Scriptura」が囲んでいるデザインもあります。ルター自身の紋章として「ML」のイニシャル付きの物もあります。因みに、私の買った聖書の表紙では、空色の地の中に「VIVIT」の文字が描かれています。恐らく、ラテン語の「生きている」でしょう。つまり「主は生きて居られる」です。

五瓣の白薔薇も二種類あって、一枚の瓣が真上を向いているバージョンと、二枚の瓣が左右対称に上にあり、二枚の間が真上に成っているバージョンとがあるらしいのです。どうやら、当時、ルターの発行するパンフレットにも、数多くの海賊版が出回ったので、白薔薇の向きを微妙に調整することで、正式な出版物の印としたそうです。

ドイツ語訳聖書を参照する時には、学生時代に「指定」で買わされた(フルドリッヒ・ツヴィングリの)「チューリヒ聖書/Züricher Bibel」を開けることが多かったのですが、これからは、せいぜい「ルター聖書」も活用したいと思います。それにしても、どうして「チューリヒ」を指定されていたのだろうかと、三十年以上も経った今頃に成って思い返します。ツヴィングリだけに一切の装飾を廃した、色気のない聖書でした。たとえ、五百年前に咲いた薔薇(姥桜ならぬ姥薔薇?)でも、薔薇は薔薇、聖書にも「花」が必要です。


【会報「行人坂」No.254 2017年3月発行より】

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