2017年07月17日

主の言葉は響き渡る【Tテサロニケ1:2〜10】

聖句「主の言葉があなたがたの所から出て、マケドニア州とアカイア州に響き渡った…ので、何も付け加えて言う必要はないほどです。」(1:8)

1.《ノイズ》 礼拝説教が佳境に入った時に、折り悪く、教会の側をちり紙交換車がアナウンスをしながら通り、苦笑せざるを得ないことがありました。選挙カー、右翼街宣車、ちり紙交換、移動販売車など、英語では「sound trucks/音響トラック車」と言いますが、日本独自の文化です。「騒音」の対語は「清音、楽音」と言いますが、騒音か否かは、個々人の快不快に左右されます。

2.《コール》 美しい音楽も歌声も「聞きたくない」人にとっては騒音です。世間でも「子どもの声は騒音か、それとも希望の響きか」は大きなテーマと成っています。テサロニケの信徒たちの「信仰の働き、愛の労苦、希望の忍耐」はマケドニアとアカイアに「響き渡っている」とパウロは言います。「主の言葉は響き渡る」という言い回しは「詩編」19編2〜5節から採られています。「響き」はヘブル語で「コール」、ラッパの響きも雷鳴の轟きも、声や音色も「コール」です。サイモン&ガーファンクルのヒット曲「サウンド・オブ・サイレンス」も「その声も聞こえないのに/その響きは全地に普く」から来ているのです。

3.《神の声》 何万人もの人々が暮らしている都会生活では、言葉も歌も大量に消費されて行きます。話していても、互いの気持ちが通じ合うことは思いの他、少ないのです。喧騒と音響が溢れているのに、意味のある音が受け止められません。しかし、昔の人は空を仰ぐだけで神の御言葉を思ったのです。パウロの「あなたがたの信仰が至る所で伝えられている」は、メディアの無い時代、大袈裟かも知れません。しかし、教会の人たちは覚えて祈っていた。「知る人ぞ知る」のです。また、神さまさえ御存知ならば、誰からも知られなくても良いのです。何しろ、信仰とは「神のみぞ知るセカイ」なのですから。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:52 | 毎週の講壇から