2017年08月07日

負けるが勝ち【ヨハネ16:25〜33】

聖句「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(16:33)

1.《競争原理》 私たちは「競争社会」に生きています。英語の「コンペティション」を「競争」と訳したのは福澤諭吉だそうですが、スポーツやクラシック音楽の世界の熾烈な上位争いこそ「コンペ」の代表です。勝つために手段を選ばぬ姿勢はドーピングなど不正の温床です。実に「競争原理」は虚構でしかなく、世界に災厄をもたらし、社会を歪め、人間の魂を責め苛んでいるのです。

2.《淘汰圧力》 身の周りに「競争原理」の信奉者は大勢います。口を揃えて「弱肉強食こそが自然の摂理」と言いますが、強者が生き残るのではなく、環境に適応したものが生き残るのです。戦争指導者たちは「自存自衛の戦い」を主張し、最前線に立たされる兵士たちも、生き残りを賭けて敵兵を殺さねばなりません。企業や商店も生き残りを賭けて競争しています。教会ですらも「伝道」「宣教」を優先する余りに、信者に「淘汰圧力」を掛けて、意識的に「競争原理」を採り入れる場合があります。その方が効率よく組織は機能するのです。しかし、それが本当の教会でしょうか。イエスさまは疑義を呈されます。

3.《勝利宣言》 イエスさまは「私は既に世に勝っている」と仰いました。主は「この世の中で勝利」したのではなく、「競争原理」が支配する「この世に勝利」されたのです。だからこそ「イエスの名によって祈れ」と言われているのです。私たちも自身の成功や勝利を祈らないでは居られません。しかし、永遠に勝ち続ける人間も団体も、国家も民族も存在しません。敗北と挫折と死の中に打ち沈む日が必ず来るのです。しかし、イエスさまは勝者敗者の別なく、「この世に勝利」された主です。「勇気を出しなさい」は「タルソス/冒険心、確信」です。未だ見ぬ世界を目指すのが冒険、見ずして信ずるのが確信です。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:53 | 毎週の講壇から