2017年10月31日

11月第1主日礼拝(聖徒の日、永眠者記念礼拝)

      11月 5日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 死と陰府の鍵を持っている=@音楽  朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネの黙示録 1章9〜20節(p.452)
讃 美 歌  27、569、490、109、364、385、89
交読詩編  詩編51編1〜11節(p.59)

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2017年10月30日

門前の小僧も血迷う【マタイ7:13〜14】

聖句「狭い門から入りなさい。…命に通じる門は何と狭く、その道も細いことか。それを見出す者は少ない。」(7:13,14)

1.《10月31日》 ハロウィンの起源はケルト文化圏の収穫感謝祭です。この日が大晦日、1年の暮れで、死霊が自宅に戻り、妖精や魔物が活動する夜でした。それで魔除けの仮面を被り篝火を焚いたのです。紀元8世紀、この風習に目を付けた、ローマ教会は「諸聖人の日」の前夜祭として聖遺物を展示しました。この御開帳に、人々は群れを成して聖人の霊験に与ろうとしたのです。

2.《教会の扉》 サンピエトロ大聖堂の再建資金を集めるため、ローマ教会は免罪符を乱発しました。1517年、ハロウィンの聖遺物御開帳に発売日に、ルターは教会の扉に「九十五箇条提題」を貼り付け、「天国は金で売り買いするのは間違っている。信仰によって初めて天国に行けるのだ」と主張したのです。当時、公開討論を呼び掛ける場合に、教会の扉に公示する慣例でしたが、教会の扉が「天国の門」の象徴であったことも忘れてはなりません。「これさえあれば天国に行ける」と喧伝して憚らない、免罪符に対する反論なのですから「教会の門」なのです。因みに「門/ピュレー」には「扉、戸口」の意味もあります。

3.《恵み発見》 三浦綾子の小説『千利休とその妻たち』では、利休が新しい茶室を考案する際に、後添えのおりき(宗恩)が「狭き門より入れ」の聖句を伝えて、狭くて低い「にじり口」が出来たという設定です。宗教改革によって奪われた失地回復のために、イエズス会が東洋に宣教師を派遣し、キリシタンの教えが侘び茶を完成させる、全て「狭き門」で繋がっていたら愉快です。「門」が「狭く細い」理由は「見出す者が少ない」からです。命も何かも賜物であることを発見する人は少ないのです。もしも門の狭さに気付いたならば、誰でも身を屈めて入っておいでと、イエスさまは仰っているのです。

朝日研一朗牧師

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2017年10月29日

異端審問と魔女狩り

「宗教改革五百年記念」と称して、様々なイベントが行なわれているようですが、違和感を禁じ得ないのは、専ら「宗教改革の成功」だけを記念して、お祝いしているように思われる点です。ルター以前にも、宗教改革の運動は何度も起こっていました。但し、その都度、ローマ教会の強権により圧殺されていたのです。所謂「実現しなかった宗教改革」が幾つもあったのです。

ボヘミアのヤン・フスは、聖書の自国語への翻訳においても、免償符批判においても、ルターの先駆けとなる人物です。1415年に火刑に処せられています。ルターの宗教改革を溯ること、百年も前の出来事です。プラハの礼拝堂で「真理が勝つ」と説教をするフスの勇姿は、アルフォンス・ミュシャ(ムハ)の巨大な絵画「スラヴ叙事詩」にも描かれています。

そのフスに影響を与えたのが、英国のジョン・ウィクリフです。ウィクリフは聖書の英訳を行ない、堕落したローマ教会を批判し、聖餐の化体説も否定しました。その結果、フスが火刑に処せられたのと同じ年に、ウィクリフもまた異端者として断罪され、ローマ教皇庁は彼の墓を暴き、著書を焼くことを命じました。

その他、メディチ家と対決して絞首刑に処せられた、ジロラーモ・サヴォナローラ、異端審問にかけられ、終身禁固刑にされたヴェーゼルのヨハン、オランダのヨハン・ヴェッセル等、「宗教改革前の宗教改革者」がいたことを忘れてはなりません。これらの改革者たちは「異端/Haeresis」の宣告を受け、迫害されたのです。

更に溯れば、11〜13世紀、南仏トゥルーズに起こった「アルビ派」、リヨンから南欧に拡がった「ワルドー派」、東欧の「ボゴミール派」のことも思い出されます。彼らは十把一絡げに「カタリ派」と呼ばれていました。この人たちは、度重なる「十字軍」によって殲滅虐殺されたのです。その二元論的な教えから、世界史の教科書でも「異端」と烙印を押されています。しかし、プロテスタントの代名詞とも言える「ピューリタン/清教徒」という語も、そもそも反対者たちが「カタリ派」という意味で用いた蔑称でありました。「カタリ」はギリシア語の「カタロス/聖潔な、純粋な」から来ているのです。

ローマ教会によって異端審問制度が大規模に整備強化されたのは、13世紀前半「カタリ派」の撲滅が目的でした。それが15世紀には宗教改革者たちを弾圧し、一般庶民の間でも「魔女狩り」として猛威を振るうこととなります。密告が市民の義務とされ、拷問や処刑が日常茶飯事となります。ローマ教会だけではなく、宗教改革者の陣営内でも、異端審問や魔女狩りが行なわれていたのですから、皮肉としか言いようがありません。例えば、カルヴァン支配下のジュネーヴでは、神学者のミシェル・セルヴェが火焙りにされました。

「宗教改革五百年」を記念するのは結構ですが、プロテスタントの先駆けとなった信仰共同体や改革者たち、宗教改革の余波とも言える「魔女狩り」で殺されていった無辜の民、そこにも、私たちと繋がる何かが確かにあることを覚えたいのです。


【会報「行人坂」No.255 2017年10月発行より】

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キリスト教こんにゃく問答]]T「儀式と時代」

1.冠婚葬祭

皆さんは「儀式」と聞いて、どんな儀式を思い浮かべるでしょうか。幼稚園・保育園には「入園式」「卒園式」があり、学校には「入学式」「卒業式」があります。会社にも「入社式」がありますが、余り「退社式」というのは聞きませんね。なぜか自治体が主催している「成人式」も忘れてはいけません。恐らく、これらの儀式は全て「冠婚葬祭」の「冠」に当たると思います。その昔、男子は「元服」の儀式に際して、文字通り衣服を改めたそうです。更に冠や烏帽子など頭に被り物をして、名前を変えたそうです。この古来の習慣から、成長の区切りを「冠」と呼び習わして来たのです。

それに続くのは「婚葬」、即ち「結婚式」と「葬式」です。

仏教には「法事」(四十九日法要、一周忌、三回忌など)という故人のための儀式(追善供養)があります。これが「祭」に当たります。先祖の祭典のことです。「祭」という語からも分かるように、本来、祭事は古神道(民間信仰)の概念でした。インド仏教では、死者は直ちに転生しますし、日本仏教では、忽ち地獄か極楽に行きますから、遺族が「供養」してやる余地など全くありません。

しかし、神道では、死者の霊(死霊)を精霊(しょうろう)、更には、カミ(祖霊、氏神)へと昇化するように、一族の者たちが三〇〜五〇年の歳月を供養して「祀り上げて」いくのです。これが「祭事」なのです。それを「ホトケ」「法事」と言い換えたのは、葬祭業に新規参入した仏教寺院の方便だったのです。

現代の日本社会にあっても、「冠婚葬祭」の内「結婚式」と「葬式」だけは、依然として大切な儀式としてイメージされているように思います。それに伴って「結婚業界」「葬式業界」の経済活動も付随して来る訳です。今でも大きな産業です。しかし「冠」と繋がっている産業は、子ども服やリクルートファッションの衣料業界、写真屋くらいしか思い当たりません。「祭」はお寺以外には、仕出し屋と墓石屋くらいでしょう。

2.形式主義

「キリスト教の儀式」と言うと、多くの人が思い浮かべるのが結婚式です。但し、近年、本物の教会で挙式する人は、殆どありません。「キリスト教式の結婚式」を選んだとしても、挙式はホテルやセレモニーホールの「チャペルウエディング」です。しかも、それを仕切っているのは、概ね「キリスト教ブライダル宣教団/Christian Bridal Mission」なる団体で、司式者、奏楽者、聖歌隊の派遣を業務としています。

近年「アマゾン」の「お坊さん便」が話題になっていますが、結婚式用の「司式者」派遣は40年くらい前から行なわれているのです。「宣教団」の「募集要項」を見ると、司式者の「応募資格」は「牧師の資格を有する方」、「仕事内容」は「日本人牧師、外国人牧師」と書いてあります。「日本人牧師」という「仕事内容」(!?)があるのですね。その下には「出演料」(!?)という項目がありました。『嗚呼!!花の応援団』ではありませんが、思わず「役者やのオー」と漏らしてしまいます。

元来、私たちの社会には、どこかしら「儀式」というものを「形だけのもの」として軽んじる風潮があるのではないでしょうか。『男はつらいよ/口笛を吹く寅次郎』では、酔っ払った住職の代理で法事に行った寅さんの、バイの口上で鍛えた口から出任せの法話に、檀家一同感心しきりというエピソードがあります。これ等は仏事の形式主義に対する皮肉も盛り込んであるように思います。

そう言えば、葬式にしろ結婚式にしろ「神式」「仏式」「キリスト教式」等と、誰もが平気で言っています。「○○式」は「○○のやり方、方式」という意味です。つまり「内実はともかく、取り敢えず形だけは…」という意味です。何を信じるにせよ、本当の信者ならば「神道の」「仏教の」「キリスト教の」と言うべきなのです。

「物々しく体裁だけを取り繕った」ことを「儀式張った」と言いますが、「儀式」を形骸化してしまう原因の一端は、何事も「右へ倣え」で従う画一主義、その場の空気を読んで迎合する順応主義にあるような気がします。少数派のクリスチャンたる私たちは、常日頃から、冠婚葬祭や日本の宗教的行事に接する度に、周囲からの同調圧力に苦しみ、「自分の姿勢態度はこれで良いのだろうか?」と悩んでいます。つまり、私たちこそ、形式主義と内容の空洞化については、最も敏感に感じ取っていると思うのです。

3.現場要請

ラテン語の「儀式」という語には、二種類あります。「リートゥス/ritus」と「カェリモーニア/caerimonia」です。英語の「リチュアル/ritual」「セレモニアル/ceremonial」です。同じ「儀式」であっても、厳密には「リチュアル」は「言葉」を、「セレモニアル」は「所作、動作」を指すと言われています。カトリック教会の「典礼定式書」は「リートゥアーレ/rituale」、「カェリモーニアーレ/caerimoniale」と言ったら「行儀作法の書」という意味です。そして、当然のことながら、あらゆる「儀式」は「言葉」と「所作」とから成り立っているのです。

私たちが最も大切にしている儀式は「礼拝」です。プロテスタント教会の「礼拝」の中には「洗礼式」と「聖餐式」という特別な儀式「聖礼典/サクラメント」が含まれます。「日本基督教団式文」には、誕(幼児洗礼式、幼児祝福式)、冠(堅信礼)、婚(婚約式、結婚式)、病(病者聖餐式)、葬(納棺式、前夜式、出棺式、葬式、火葬前式、埋葬式)、祭(記念式)等、私たちのライフサイクルに関わる儀式が並んでいます。その他、教会形成に関わる儀式(入会式、教会設立式、会堂定礎式、献堂式、牧師、役員任職式)があります。

しかし長年、牧師をしていますと、「式文」には掲載されていないような儀式を依頼されることも多々あるのです。具体的に挙げてみましょう。

「新車のお祓い」と言うと、驚かれるでしょうが、要するに、新しく自動車を購入した牧師から依頼されて「伝道のために活用されますように」「事故に遭いませんように」「ドライバーと同乗者の安全が守られますように」等の祈祷をさせて貰ったことがあります。

信徒さんの自宅新築、持ちビル新築の「定礎式」(神道の「地鎮祭」に当たる)、「上棟式」「献宅式」の依頼は珍しくありません。教会墓地の「献墓式」もありました。「定礎式」や「献墓式」の時には、木製の十字架に聖書の御言葉と祈りを書いて埋めています。

私の友人は「ペットの葬儀」を依頼されて、何度も行なっています。飼い主にとっては家族同然の存在であっても、それ以外の人にとっては、単なる犬猫に過ぎませんから、礼拝堂で挙式することが許されませんでした。しかし、最近は「ペット用の斎場、霊園」の普及により、非常にやり易くなったそうです。

「結婚式を挙げぬまま入籍して、幾星霜の父母のために、結婚式のようなものを」という子どもさんからの依頼を受けて「夫婦の契約の更新式」をしたこともあります。住宅の「悪魔祓い」もしたことがあります。聖水(死海の塩を使用)による潔めの儀式です。ローマ教会のラテン語の式文を翻訳して使用しています。

当教会に赴任して間もない頃、古い原簿を調べていたら、「死後洗礼」と記された人があるのを発見し、大変に驚いたことがあります。しかも、その話を南支区の牧師会で披露したら、居並ぶ牧師たちが怪訝な表情をする中で、ご高齢のM牧師(改革長老主義のY教会)が懐かしそうに「結構、昔は多かったのです」と返されたのには、更にビックリでした。

このように牧会の現場では、実に様々なニーズがあり、いつの時代も、牧師は古い式文を自分なりに変更したり修正したり、古今の式文を援用したりして対応しているのです。何しろ、教団の結婚式の式文なんか、未だに「妻たる者よ、主に仕えるように夫に仕えなさい。…夫は妻のかしらである」ですからね。


【会報「行人坂」No.255 2017年10月発行より】

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収穫の主に願いを

1.収穫感謝

日本基督教団では、11月第4主日を「収穫感謝日」として礼拝を守っています。「詩編」67編8節が「大地は作物を実らせました。/神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。」と歌っているのは「収穫感謝祭の歌」とされています。

ユダヤ教の収穫感謝祭は、春と秋、年に2回ありました。従って、ヘブル語の「収穫」という語も2つあるのです。「カーツィール」は「刈り入れ」、麦の収穫を意味します。「バーツィール」は「摘み取り」、葡萄の収穫を意味します。

4月中旬に大麦の刈り入れが始まり、レンズ豆、スパイスに使うクロタネ草(Nigella)を収穫、その2〜3週間後に小麦、スペルタ麦と続きます。同じパレスチナ地方でも収穫の時期は地域によって差があり(桜前線みたい)、温暖なエリコ付近では、4月に大麦の刈り入れが始まりますが、地中海沿岸地方では1週間遅れ、丘陵地帯では更に1週間遅れで行なわれたそうです。結局、地域による適時の違いから、大麦刈り入れから小麦刈り入れまで、全収穫が完了するのに7週間かかったそうです。

それで収穫の鎌収めの祭りを「七週祭」と呼ぶように成ったようです。ヘレニズム時代には「ペンテコステ/五旬祭」と呼ばれます。「過越祭」の日曜日から数えて50日目の日曜日に当たるからです。こうして旧約聖書の「七週祭」は、新約聖書では「五旬祭」と呼ばれるように成り、私たちは今も「ペンテコステ」を祝っているのです。

それに対して、葡萄や無花果の摘み取りが終わった後に、古代のイスラエル人は「仮庵祭」を祝いました。秋分の日に近い満月の日(9月中旬から10月中旬の間)に始まり、それから1週間続く「秋の収穫祭」です。

2.建国神話

「収穫感謝日」は国や地域によって異なります。収穫の作物と時期が異なるからです。スイスの改革派教会では9月に「Herbst-Communion/収穫の愛餐」が祝われています。ドイツ福音主義教会では、9月29日の「聖ミカエルの日」の後の日曜日が「収穫感謝日」とされています。英国では8月1日に「Lammas Day/ラマスの日」が祝われます。「ラマス」とは「laof mass/一塊のパンのミサ」の事です。

さて、米国では「収穫祭」を、11月の第4木曜日に祝っています。各家庭で七面鳥を料理して食べるので「Turkey Day/七面鳥の日」と言われています。

米国民は、メイフラワー号に乗って北米大陸に入植した最初の清教徒(ピューリタン)たちを「ピルグリム・ファーザーズ/Pilgrim Fathers」と呼んで「国父」のように記念しています。どうして「ピルグリム/巡礼者、旅人、放浪者」なのかと言えば、上陸から10年後、プリマスに入植地を作り、2代目の知事と成ったウィリアム・ブラッドフォードが、自分たちの仲間を記念して、そのように呼んだからです。

「ヘブライ人への手紙」11章13節「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表わしたのです」。ここで「仮住まいの者」と訳されているのが「pilgrims」です。この聖書からの引用だったのです。

1620年、清教徒たちが北米大陸に入植した冬は大寒波で、寒さと飢えのために半数以上の人が死んだと言われています。しかしながら、近隣の先住民、ワンパノアグ族からトウモロコシ等の栽培の仕方を教えて貰い、翌年の秋には豊作でした。そこで先住民を招いて、神の恵みに感謝して、共に御馳走を頂きました。これが「収穫祭/Thanksgiving Day」の始まりとされる、白人たちの「建国神話」です。日本のプロテスタント教会が11月第4日曜日を「収穫感謝日」としているのも、この米国の風習を受け継いでいるのです。

3.断腸の念

感動的な「建国神話」の「収穫祭」も、先住民の側から見ると「噴飯物」です。ワンパノアグ族の末裔は「感謝祭」の日に、先住民諸部族に呼び掛けて「全米哀悼の日」を開催しています。喪服を着て、虐殺された先祖たちに祈りを奉げているのです。

入植者たちは(土地所有の概念を持たない)先住民の土地を奪って、入植地を拡げて、ワンパノアグ族の度重なる抗議にも拘わらず、森林を伐採し、猟場を奪い、伝染病を蔓延させました。遂には、先住民を殺したり、女子どもを捕らえて奴隷商人に売り飛ばすように成りました。ワンパノアグ族が入植地を攻撃をすると、入植者たちはモホーク族やモヒカン族に彼らを攻撃させて、ワンパノアグ族を虐殺させました。これを「フィリップ王戦争」(1675年)と言います。ワンパノアグ族の酋長メタコメットを、白人は「フィリップ王」と呼んでいたからです。古代マケドニア王国のフィリポス2世から付けた仇名とされています。恐らく、からかって冗談半分に付けたのでしょう。

米国「建国神話」の裏面を思うことで、私は聖書の一節を思い出しました。「マタイによる福音書」9章36節「(イエスは)群集が飼い主のいない羊のように打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」。「深く憐れまれた/エスプランクニステー」は「はらわた/スプランクノン」です。「断腸の思い」、痛切な悲しみです。そして、主は弟子たちに言われます。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」。イエスさまの仰る「収穫」は「打ちひしがれた」大勢の人たちです。神さまは「終わりの日」に、この人たちを迎え入れて下さるのです。

この世の収穫(成功)を求めて働く人は多いのですが、神の国の収穫(救済)のために働く人は少ないのです。それ故、私たちは「収穫の主」に祈らざるを得ないのです。

牧師 朝日研一朗

【2017年11月の月報より】

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2017年10月24日

10月第5主日礼拝

      10月29日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 門前の小僧も血迷う=@音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 7章13〜14節(p.12)
讃 美 歌  27、170、490、274、378、88
交読詩編  詩編119編33〜40節(p.137)

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2017年10月23日

何か善いことを【ルカ16:1〜13】

聖句「不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金が無くなった時、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」(16:9)

1.《福音書の悪人》 イエスさまの譬え話に登場するのは、善人ばかりではありません。押し込み強盗、追い剥ぎ、毒麦を蒔く敵、葡萄園の主人の息子を殺す農夫、大酒を飲んで仲間を殴る下僕、だめんずの代表、放蕩息子などが次々と出て来て、さながら「悪党列伝」です。これは当時の世相の反映であり、私たち自身の中にいる悪意や悪念でもあるのです。それ故、説得力があるのです。

2.《不正な管理人》 「管理人」は「家令/家の世話をする人」です。主人の財産管理を任されているのを良いことに、それを高利で貸し付けて、利子を懐に入れていたようです。内部告発で管理人の職を解かれそうになった彼は一計を案じます。債務者の所に証文を持って回り、借金の利息をチャラにして恩を売るのです。こうして自分が解雇された時、迎え入れてくれる新しい会社回りを兼ねたのでした。如何にも生臭い話ですが、この先は、あり得ない展開に変わります。それを知った主人が管理人の「抜け目ないやり方」を褒めたというのです。ここがイエスさまのワープです。ここからは信仰の話なのです。

3.《富も使いよう》 この世の終わり、人生の終わりには、金など何の役にも立ちません。その時のために今から「不義の富」で「友達を作れ」と仰るのです。「不義の富」は「マモン/この世の富」、「友達/フィロス」は「愛される、愛すべき、親しい」という意味です。この世の富はこの世でしか価値がありません。しかし、この世では未だ使い道があるのです。それを活用して「愛のある関係を作れ」「愛すべき者たちを守れ」と言うのです。ディケンズの『クリスマス・キャロル』は守銭奴スクルージが「過去は変えられぬが、未来は変えられる」と回心して、富を用いて多くの人の「善き友人」と成る物語でした。

朝日研一朗牧師

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2017年10月17日

2017年教会バザー


2017年教会バザー

2017年教会バザー

2017年教会バザー
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10月第4主日礼拝

      10月22日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 何か善いことを=@音楽       朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 16章1〜13節(p.140)
讃 美 歌  27、170、490、370、492、88
交読詩編  詩編119編33〜40節(p.137)

・讃美歌練習(11月の月歌:569番) 礼拝後    礼拝堂

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2017年10月16日

イエスの御旨に従う【マタイ6:1〜4】

聖句「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。」(6:3,4)

1.《懸案事項》 約3年前から会計事務のお手伝いをしていますが、人間のすることですから、週報の「献金報告」欄に稀にミスが生じ、これを如何に防ぐか悩んでいました。改善策の検討に際し「信仰的には、どうあるべきなのか」考えてみました。

2.《主の御旨》 イエスは我々にどうしなさいと仰っているでしょうか。献金を考える時に、イエスの教えの中では「マタイ」6章2〜4節が参考になると思います。「施し」についての戒めですが、内容は明確なように思います。「施しを人目につかせないようにしなさい」という命令です。「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない」とも戒められています。

3.《私の提案》 私は、この御旨に従う1つの方法として、会計担当役員に「将来的には、週報の「献金報告」欄の献金者名記載は止めるべきではないか。但し、余りに急激な変更は教会員に不安や戸惑いを与えかねないので、当面の間、1ヶ月分を纏めて月1回報告する」という案をお話しました。会計担当役員は、私の思いを心に留めて下さり、役員会の議題にして下さいました。その結果、2016年度第6回役員会において「金額記載を止め、月定献金は氏名のみ、特別献金は氏名と用件のみを記載する」ことが決定され、11月から実施されました。現在、会計事務に携わっているため、「献金報告」変更の件をお話しましたが、これに限らず、教会の全てのことにおいて、イエスの御旨に少しでも従って行けるよう努力したいと思います。そして、必要な物は「みな加えて与えられる」と仰るイエスの御言葉を信じ、皆様と共に歩んで参りたいと思います。

小池耕一

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