2017年12月11日

飼い葉桶を知っていますか【イザヤ1:2〜9】

聖句「牛は飼い主を知り、ろばは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエルは知らず、わたしの民は見分けない。」(1:3)

1.《降誕セット》 「教会が一番質素なクリスマス」という川柳を作りました。商業施設や一般家庭の方が華やかにクリスマスの装飾をしていて、キリスト教会が一番地味かも知れません。最近では、雛人形、五月人形の感覚で「降誕セット」を飾る所もあります。しかし「降誕セット」はツリーやリースよりも、クリスマスとは何であるかを明示している点、福音的であるかも知れません。

2.《プレゼピオ》 13世紀の修道士、アッシジのフランチェスコが「降誕セット」を考案したとされています。聖書を読めない庶民や子どもが見ても、クリスマスが何であるか理解できるようにしたのです。当初は「活人画」「聖劇」に近いものでしたが、人形を使うようになり、家庭用の小型セットも生産されて普及したのです。その心は真ん中に置かれた「飼い葉桶」にあります。発祥地イタリア語の「プレゼピオ」は、ラテン語の「プレ/の前に」と「セピオー/囲む、取り巻く、守る」に溯ります。それを見詰める時、私たち自身が飼い葉桶を、御子イエスを「取り巻く」巡礼者になる仕掛けなのです。

3.《主を知る時》 イザヤの預言を読むと「しかし、イスラエルは知らず」という所で胸を突かれます。讃美歌の「ああベツレヘムよ」の「ひとみな眠りて知らぬ間にぞ/み子なるキリスト生まれたもう」を思い出します。誰もクリスマスを知らないのです。同じく、世の中には、誰も知らない悲しみや痛み、分かって貰えない苦しみも数多くあります。「夜」は相互交流が断絶し、孤独に悩む時間の象徴です。「同床異夢」です。しかし、クリスマスを知った私たちは、「知ったかぶり」と「知らん振り」を止めて、知ったことを元手にして、改めて生きることを始めたい。その時に「夜」は終わり、夜明けが来るのです。

朝日研一朗牧師

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