2018年05月25日

旭日亭菜単(続き)その45

  • 「西部劇を読む事典」(芦原伸著、天夢人/山と溪谷社)
    著者は少年時代、劇場でB級西部劇を観ていた最後の世代に当たると思われます。『悪の花園』『アルバレス・ケリー』『折れた矢』『砂塵』『裸の拍車』『平原児』『アラスカ魂』『誇り高き男』『ワーロック』…。私にとっては、ローカル局の「テレビ映画劇場」で観た作品ばかりです(蛇足ながら『駅馬車』『荒野の決闘』『リオ・ブラボー』『荒野の七人』等は、辛うじてリバイバル上映で観ています)。特に第2章の「西部の民俗学」が充実していて「事典」の名に恥じぬ内容です。「銃撃戦が行なわれていた時代は1860年代から1890年代のほぼ30年間で、日本でいえば幕末から明治に当たる時である。長いようで実際には短い。その30年間に西部劇のほとんどの物語がある」と語られています。つまり「西部劇」とは、限定された一時代のある領域を指していて、つまり、1つの世界観なのです。A級B級の別なく、米国製のオーソドックスな作品を愛する著者の志向が滲み出ています。「マカロニは西部劇の土の香りがない」と一蹴しつつも、第8章「西部のスターたち」を読むと、一通り観て居られるようですし、先住民虐殺や黒人差別、生態系破壊の視点も今日的で、単なるノスタルジーには終わっていません。
  • 「イスラーム世界史」(後藤明著、角川ソフィア文庫)
    本書では「シリアのエルサレム」という名称が繰り返されます。確かに、7世紀以後のイスラーム史を解説する本書において、「ユダヤ」は既に数百年前に滅亡しています。「パレスチナ」の地域名も、第一次大戦後に英仏が分断統治するに当たって作られたものです。更には、アケメネス朝ペルシア時代(紀元前6世紀)から20世紀に至るまで、エルサレムの住民たちがシリアの言語である、アラム語を公用語として来たことを併せて考えるならば、「シリアのエルサレム」という言い回しは歴史的に極めて妥当なものです。卑しくも歴史を学ぶ者が「エルサレムはユダヤ」等というヘブライ的固定観念から脱却しなければ、シオニズムの妄想に簡単に巻き込まれてしまうことでしょう。他にも、ローマ帝国の中心はローマではなくコンスタンティノポリスであったとの主張にも納得。西ローマ帝国滅亡後の東ローマ帝国を、あたかも別物であるかのように「ビザンチン帝国」等と呼称する、西欧中心主義の歴史の「上書き」にも気付かせて貰いました。日本史との関係で言えば、ポルトガル人が種子島にもたらしたのは、オスマン帝国製の鉄砲、ルーム銃ではなかったという説にも「目から鱗」でした。イスラームの歴史を学ぶことで、私たちが(日本の公教育も含めて)西欧の歴史観を鵜呑みにさせられていることが分かるのです。
  • 「黒いカーテン」(ウィリアム・アイリッシュ著、宇野利泰訳、創元推理文庫)
    崩れた建物の漆喰で頭を打った男が、その事故によって記憶を取り戻し、自分が何者であるかを探し求める訳です。しかし、記憶を失っていた時期に何等かの犯罪に巻き込まれていたらしく、彼の身辺に危機が迫って来ます。「巻き込まれ」型サスペンスの絶妙なアレンジです。アイデンティティを取り戻すために闘う男の物語として深読み出来ます。但し、アイリッシュ自身は娯楽に徹しているので、そこには拘泥しません。案外にサラッと進行します。その分、主人公の内面の掘り下げが浅く、軽い読み物に成ってしまいました。でも、とにかく古典中の古典、何も考えずに安心して、先へ先へと展開を楽しめ、すぐに読了します。
  • 「ゴールデンカムイ」第13巻(野田サトル作、集英社)
    漸く面白く成って来ました。こういうのが読みたかったのです。アクションです。ドンデン返しです。遂に、のっぺら坊を脱獄させるため網走監獄に潜入する一行。そこに張り巡らされた罠、旭川第七師団の急襲。鶴見中尉の台詞の通り、「よおし」「これを待っていた!!」です。都丹庵士の登場で気付いたのですが、これってマカロニ。重要人物を脱獄させるのは『ガンマン大連合』ですよね。
  • 「アド・アストラ/スキピオとハンニバル」第13巻(カガノミハチ作、集英社)
    大抵の人が戦いの展開を知っている「ザマの戦い」です。「関ヶ原」と同じく、実際には、一方的な戦いなのですが、それでは盛り上がらないので、敗軍の将を自覚しながらも最後まで戦いを続ける、ハンニバルの心境を描いています。それ故、本書のクライマックスはザマではなくチュニスです。スキピオとハンニバルとの間で執り行なわれた和平協定の場面と成っています。対峙する二人の軍略家、ここは渾身の筆致です。勿論、フィクションなのですが、フィクション故に痺れる場面展開です。因みに、敗戦後に直ちに自害する日本の将とは異なり、ハンニバルはザマの後、19年間も反ローマ諸国の軍師として活躍し続けるのです。
posted by 行人坂教会 at 13:55 | 牧師の書斎から