2018年06月19日

6月第4主日礼拝(日本基督教団創立記念日)

       6月24日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 すべての人を一つに=@      朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネによる福音書 17章20〜26節(p.203)
讃 美 歌  27、216、490、393、542、89
交読詩編  詩編32編1〜7節(p.37)

・讃美歌練習(7月の月歌:121番)  礼拝後   礼拝堂

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2018年06月18日

種を蒔き続けよう【マルコ4:1〜9】

聖句「ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」(4:8)

1.《岩波書店》 岩波書店の商標は「種まく人」です。創業者の岩波茂雄は長野県諏訪郡の農家の生まれで、苦学の末に書店を開いた人です。戦時下にも公然と軍部批判をする硬骨漢でした。青年時代に内村鑑三の影響も受けています。労働と質素と深い思索を重んじるが故に、ミレーの「種まく人」をモチーフにしたのです。勿論、ミレーの絵は「種を蒔く人」の譬えに由来しています。

2.《種は色々》 実は「マルコ福音書」の「種を蒔く人」の譬え話には「種/スペルマ」という語は出て来ません。「マタイ」「ルカ」の並行記事では「種は御言葉」との解説が添えられていますが、「マルコ」にはありません。あなたが蒔くものが、世に善を、人に幸せをもたらすなら、御言葉に囚われなくて良いのです。但し「種を蒔く人/スペイローン」という主体、「種を蒔く/スペイロー」という行為は明記されています。「種を蒔く」ことは「労働、業、働き」であり、そのために労苦するのは私たちです。1粒の「種」のように、小さく目立たないことでも、その思いは天高くに向けられているのです。

3.《種まく人》 イエスさまの譬え話は、芽を出さず、根を張れず、成長できずに枯れて行く種から始まります。農作業に付き纏う徒労感を、主は知って居られるのです。当時の農業技術では、1粒の麦の種から収穫される麦は多くて25粒でした。「30倍、60倍、百倍」は現実の農業ではあり得ないのです。しかし、成長させて下さるのは主なのです。オランダの画家、ゴッホも「種まく人」を描いています。「神の言葉を蒔く人になりたい」と、牧師を志しながら挫折した彼ですが、その絵は今も人の魂を打ちます。「我々の足が続く限り歩き続けよう。足が疲れても、苦難が大きくても、人生を進み続けよう」。

朝日研一朗牧師

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2018年06月12日

子どもの日・花の日

6月10日(日)は子どもの日花の日礼拝でした。

教会学校のこどもたちはプリンカップにお花をアレンジして、ご近所の交番に届けました。神さまにたくさんのお花を献げた礼拝では、こどもたちが司式や聖書朗読をしました。

20180610子どもの日花の日礼拝
posted by 行人坂教会 at 13:57 | 教会アルバム

バザーのための手作り会

10月の教会バザーの準備が始まりました。

今回の手作り会はステンシルをしました。 楽しいエコバッグがたくさん仕上がりました。

20180610ステンシル手作り会
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6月第3主日礼拝

       6月17日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 種を蒔き続けよう=@音楽      朝日研一朗牧師
聖  書  マルコによる福音書 4章1〜9節(p.66)
讃 美 歌  27、216、490、53、195、89
交読詩編  詩編32編1〜7節(p.37)

・・・当日の音声録音を聴く
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2018年06月11日

うんこ聖書ドリル【エゼキエル4:9〜12】

聖句「大麦のパン菓子のようにそれを食べなければならない。それを人々の目の前で人糞で焼きなさい。」(4:12)

1.《うんこドリル》 昨年「うんこ学習ドリル」という学習教材が出版されて、以来、爆発的に販売を伸ばしています。表紙や挿絵に「うんこ先生」というキャラクターが配されているだけではなく、その例文にも必ず「うんこ」が用いられているのです。子どもたちにとって「うんこ」は非常に愉快な存在なので、学習意欲の向上に繋がっているようです。

2.《巻き糞の誘惑》 しかし、どうして私たちは「うんこ」と言うと、とぐろを巻いたマーク、即ち「巻き糞」を連想するのでしょうか。誰も、あんな物は出したことがないはずです。実際、私の少年時代に『トイレット博士』というマンガが大人気で、小学校の男子は競い合って巻き糞を出そうと研鑽を重ねましたが、2巻き目を達成した者は誰一人いませんでした。私たち人間の腸の長さは7メートルしかありません。それに対して牛の腸は50メートルです。『Dr.スランプ』のアラレちゃんが手にする「うんちくん」は牛糞という設定なのです。

3.《うんこケーキ》 西アジアからアフリカに及ぶ地域では、牛糞に刻んだ麦藁を混ぜて、天日干し乾燥で「うんこケーキ/dung cakes」を作り、竃の燃料に利用します。紀元前589年、バビロンの軍勢によるエルサレム包囲を、エゼキエルは預言します。この未来を言葉によらず、奇妙なデモンストレーションによって預言するのです(象徴預言)。飲食物の欠乏、燃料の欠乏を「牛糞ではなく、人糞を焚き付けにして料理せよ」と主は命じられます。実演によるドリル(反復練習)です。私たちが毎週、礼拝を守っているのも、真の幸せを目指すため、人と神を愛するため、御もとに行くための「ドリル」なのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:55 | 毎週の講壇から

2018年06月05日

6月第2主日礼拝(こどもの日・花の日)

       6月10日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 うんこ聖書ドリル=@音楽      朝日研一朗牧師
聖  書  エゼキエル書 4章9〜12節(p.1300)
讃 美 歌  27、216、62、「感謝、主に感謝」、406、89
交 読 文  新約外典「トマス行伝」より「結婚の歌」

・・・当日の音声録音を聴く
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2018年06月04日

祈りはシンフォニー【マタイ18:18〜20】

聖句「どんな願い事であれ、あなたがたのうちの二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。」(18:19)

1.《素晴らしき日曜日》 敗戦から2年後の黒澤明監督作品です。ある日曜日に若い男女がデートをしますが、貧しさ故に悔しい悲しい思いを次々に味わうことに成ります。しかし、木枯らしの吹く夕暮れ、日比谷の野音で、二人は自らの想像力の翼を拡げて、シューベルトの「未完成交響曲」を体験するのでした。指揮棒を振る彼、客席で見守る彼女、第1楽章が演奏されるのです。

2.《まだ終わってない》 この野音の場面で「励ましの拍手を!」と、彼女が叫ぶや、フランスの映画祭では実際に観客が大きな拍手を贈ったそうです。音楽の演奏会も演劇も観客の存在があって初めて完成するものです。その意味では、上演が終了する時まで「未完成」なのです。実は、聖書もまた、礼拝の中で声に出して読まれ、解き明かされ、それを受け止めた会衆が1週間の暮らしを始めることで活き始めるのです。「未完成」と言うと「不完全」であるかのように思いますが、「未だ終わっていない」「これからも続くのだ」という意味なのです。

3.《響き合う音のため》 「心を一つにする/シュムフォーネオー」は「共に声を出す、共に呼びかける」から「一致する、調和する、心を同じくする」の意味に成った語で、英語の「シンフォニー」の語源です。ラテン語の「シュムフォーニア」も「協和音」ですから、オーケストラのような大所帯ばかりが教会ではありません。カルテットもトリオもデュオもあります。異なる楽器が、聖書という楽譜に則り、イエスさまという指揮者を仰ぎながら「合奏」する時、地上の私たちも天上の神さまと回線が繋がるのです。自分の願いだけが聞かれることを願うのではなく、隣人の思いを知り、共に祈りましょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:55 | 毎週の講壇から