2018年06月04日

祈りはシンフォニー【マタイ18:18〜20】

聖句「どんな願い事であれ、あなたがたのうちの二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。」(18:19)

1.《素晴らしき日曜日》 敗戦から2年後の黒澤明監督作品です。ある日曜日に若い男女がデートをしますが、貧しさ故に悔しい悲しい思いを次々に味わうことに成ります。しかし、木枯らしの吹く夕暮れ、日比谷の野音で、二人は自らの想像力の翼を拡げて、シューベルトの「未完成交響曲」を体験するのでした。指揮棒を振る彼、客席で見守る彼女、第1楽章が演奏されるのです。

2.《まだ終わってない》 この野音の場面で「励ましの拍手を!」と、彼女が叫ぶや、フランスの映画祭では実際に観客が大きな拍手を贈ったそうです。音楽の演奏会も演劇も観客の存在があって初めて完成するものです。その意味では、上演が終了する時まで「未完成」なのです。実は、聖書もまた、礼拝の中で声に出して読まれ、解き明かされ、それを受け止めた会衆が1週間の暮らしを始めることで活き始めるのです。「未完成」と言うと「不完全」であるかのように思いますが、「未だ終わっていない」「これからも続くのだ」という意味なのです。

3.《響き合う音のため》 「心を一つにする/シュムフォーネオー」は「共に声を出す、共に呼びかける」から「一致する、調和する、心を同じくする」の意味に成った語で、英語の「シンフォニー」の語源です。ラテン語の「シュムフォーニア」も「協和音」ですから、オーケストラのような大所帯ばかりが教会ではありません。カルテットもトリオもデュオもあります。異なる楽器が、聖書という楽譜に則り、イエスさまという指揮者を仰ぎながら「合奏」する時、地上の私たちも天上の神さまと回線が繋がるのです。自分の願いだけが聞かれることを願うのではなく、隣人の思いを知り、共に祈りましょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:55 | 毎週の講壇から