2018年06月24日

日曜はダメよ

1.日曜は鶏料理

「毎週日曜日、私らはチキンを食べて/牧師さんは巡回する。/毎週日曜の朝には、父さんが私ら皆を街に連れてってくれる。/私らは映画に行ったり、野原のピクニックに行ったりするんだ。/ああ、これぞ庶民/そんな私に大満足」。

「日曜は鶏料理」(Chicken Every Sunday)という歌の一節です。米国のカントリー・ミュージックのシンガーソングライター、ドリー・パートン(Dolly Parton)の7枚目のソロ・スタジオ・アルバム「ジョシュア/Joshua」(1971年)の中の1曲です。

私は「牧師さん」と訳してみましたが、原詩では「the preacher/説教師」です。ドリーの祖父はペンテコステ派(チャーチ・オブ・ゴッド)の牧師であり、彼女自身も6歳から会衆の前で賛美の先唱者を務め、7〜8歳からはギターを手に讃美歌を独唱していたそうです。ペンテコステ派の教会では、牧師は何より「語り」のパフォーマンスを披露する「説教師/preacher」なのです。

「庶民」と訳した語も、原詩では「the lower class/下層階級」です。ドリーが生まれ育ったのは、テネシー州の田舎の村「グレート・スモーキー・マウンテン」で、そこはペンテコステ派の信徒が数多く居住する地域でした。父親は農業労働者と建設作業員を兼業し、ドリーには11人も兄弟姉妹がいて(文字通り「貧乏人の子沢山」!)、一家14人は一部屋しかない掘っ立て小屋(cabin)に身を寄せ合って暮らしていたそうです。

「日曜は鶏料理/chicken every sunday」は、貧しい庶民の御馳走の事です。貧しいながらも、主の復活を祝う日曜日だからと奮発して、御馳走のチキンを食べるのです。ジョージ・シートン監督(『三十四丁目の奇蹟』)の映画にも、同タイトルの『日曜は鶏料理』(1949年)という人情喜劇があったことが思い出されます。こちらは、ヤマッ気が多いくせに、お人好しの夫が、何かと借金を作って来るので、家政の遣り繰りに苦労する主婦の話です。

2.聖日厳守主義

牧師としての最大の苦悩は、日曜日の礼拝に信徒が集まらないことです。年々、礼拝に集う信徒の数が減って行くというのに、それに対する策が1つしか思い当たらないことです。しかも、その策は、リベラル(自由主義的)な立場を採る教会にとっては、既に「禁じ手」とされてしまっている事柄なのです。

それは「聖日厳守主義」とか「安息日主義」と呼ばれるものです。英語で「サバタリアニズム/Sabbatarianism」と言います。日曜日を、あたかもユダヤ教の「安息日/Sabbath」であるかのように、特に聖別された日として、厳守を強制するのです。

キリスト教において、日曜日を「新しき契約の日」「新しき創造の日」「聖霊による約束の成就の日」と説いたのは、セビリアの大主教イシドルス(Isidorus/560〜636)が嚆矢とされます。以来、「主の日/ドミニカ/Dominica」は、ユダヤ教の安息日との類比で取り上げられることが多くなり、中世末期には、厳格な就業禁止令が敷かれることとなります。

「聖日厳守主義」は、聖書主義を掲げるプロテスタント諸教派にも受け継がれます。例えば、ジャン・カルヴァン(Jean Calvin/1509〜64)が神権政治を確立したジュネーヴでは、市民には日曜日と水曜日に教会に行く義務が課せられていました。誰か義務を怠っている者はいないかと、警察官が街路、店、家庭を巡回しました。彼らは市民を尋問し、カルヴァンの信仰に反すると判断された人は処罰され、投獄されたのです。

英国においても、ニコラス・バウンド(Nicholas Bownde/〜1613)が、1595年に『安息日の真の教説』という著書の中で、日曜日にピューリタンが集会を行なう権利と義務を主張しました。それを汲んで、ピューリタン革命後には、繰り返し日曜厳守の法的裏付けが議論されました。遂に1718年には「主日遵守に関する法令/Lord’s Day Observance Act」が議会を通過し、日曜日には遊技場が閉鎖(スポーツ禁止)されることになりました。

スコットランドでも、17世紀には「聖日厳守主義」が影響力を強め、日曜日には宗教書以外には手を触れないとか、世俗音楽の演奏と鑑賞を控えるという習慣があったそうです。

3.悲しい日曜日

日本の教会でも、戦前からの信徒が「日曜日」を「聖日」と呼ぶことが多いのは、背景に「聖日厳守主義」があります。「十戒」の「安息日を憶(おぼ)えて、これを聖潔(きよく)すべし」と教えられたことを忠実に守って居られるのです。一昔前には、信徒の戸主は家族を引き連れて、礼拝に出席するのが当たり前でした。妻も子も入信するのが当然でした。教会生活や信仰が、ある種の強制力を持っていたのです。

20世紀末からは、律法主義的に礼拝出席を強制する「聖日」ではなく、「喜びの日、光の日、慰めの日、憩いの日」(「讃美歌21」204番)である「主日」を、多くの牧師たちは呼び掛けて来ました。私自身もその一人です。礼拝への主体的参加(自由意志による出席)が期待されていたのです。しかし、残念ながら、このような自由主義的な風潮は、強制力の無さ故に、結果的に礼拝出席者の減少と、リベラルな教会の衰退を招いています。個人主義、高齢化、人口減少なども相俟って、この傾向には歯止めが掛かりません。

従って、今後のキリスト教界全体の趨勢としては、保守反動化して、再び「聖日厳守主義」が主流に成ることでしょう。組織としての生存本能から言って、そのように成らざるを得ないかと思います。「日曜日に礼拝に集わなければ祝福されない」のです。裏を返せば「日曜日に礼拝に集わない者は呪われる」のです。かつて、某牧師は信徒に「這ってでも来い!」と怒鳴って説教していました。また、そんな時代がやって来ます。

私が「礼拝に集って欲しい」と願うのは、そんな「悲しい日曜日」はイヤだからです。

牧師 朝日研一朗

【2018年7月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など