2018年07月23日

一人の子を受け入れるなら【マルコ9:33〜37】

聖句「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」(9:37)

1.《岡山四聖》 「岡山四聖人」と言って、岡山県にゆかりの深い4名のキリスト者が今でも顕彰されています。「全ての人を愛する」をモットーに診療所や学校を設立したアリス・アダムス宣教師、児童の自立支援施設「家庭学校」を設立した留岡幸助、救世軍の山室軍平、そして孤児の救済に生涯を奉げた石井十次です。特に石井十次は「日本の社会福祉の父」と呼ばれています。

2.《石井十次》 石井十次は宮崎警察署に勤務していた時代に、遊郭に売られていた友人の妹と性交渉を重ねて、性病に罹患します。その治療を受けた病院の医師から聖書と医学への道を示されて岡山の医学校に進むのです。診療所で代診をしている時に、お遍路の女性から前原定一という8歳の少年を預けられたのが、孤児救済事業の始まりでした。将来、病気の子を救う医師を目指すのではなく、今目の前にいる孤児を救うという召命を受けたのです。医学校を退学した彼は、その後、濃尾地震の被災児童、日露戦争の孤児、東北冷害の離散農家の孤児などを引き取って保護するようになるのでした。

3.《一人の子》 イエスさまは「受け入れる/デコマイ」という動詞を4回も使っています。それは「受容のプロセス」を言っているように思われます。石井十次が前原定一と出会い、孤児救済の道を進んだのも、迷いや逡巡を経てのことです。私たちが他者、自らの人生、病気や障碍、老いや死など、思うようにならないものを受け入れる過程と重なります。イエスさまが引き取って抱き上げた子は「一人」ですが、その背後には大勢の「子供/パイディア」の存在があります。「一人の子供の手を取る」(引き取る/ラムバノー)ことから、何か新しいことが始まるのです。出会いこそが突破口なのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:55 | 毎週の講壇から