2018年09月24日

人生の採点表【マタイ25:31〜46】

聖句「主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。」(25:37)

1.《ぼくの採点表》 映画雑誌「SCREEN」に48年間も連載された、双葉十三郎の新作映画の評点記事です。「五つ星採点システム」による辛口の評論でした。それでいてBC級の作品にも愛情をもって論評なさっていました。近年は、どの分野でも価値基準が曖昧になり、目利きの批評家が消え、無教養、且つ無責任な「いいね!」「ヤダネ!」の単純な二者択一が幅を利かせています。

2.《点数稼ぎか?》 星をつける採点システムを始めたのは、タイヤメーカーのミシュランかも知れません。イエスさまも「五つ星採点」です(日本語訳では「見て」が5回、原典では3回)。飢える人、渇く人、旅する人(異邦人)、裸の人、病人や囚人へのケアが採点基準になっています。但し「御国を受け継ぎ」「永遠の命に与る」ために、せっせと善行を積んでいるとしたら、独善的な点取り虫、いけ好かないゴマすり野郎に過ぎません。実際「正しい人たち」は、御国の王から招き入れられた時にも、自分たちが善行をした等と露ほどにも思っていなかったではありませんか。数えても覚えてもいなかったのです。

3.《最小でも同胞》 反対に「呪われた者ども」は「自己採点」に余念がありません。「正しい人たち」は困っている人を見て助けただけで、キリスト等は見ていませんでした。しかし、自分が高得点を取ることを目指す人は、キリストを探して人などは見ないのです。彼らの反論に対して、主は「私の兄弟である、この最も小さい者の一人」と仰います。「最も小さい者」は「ミクロス」の最上級「取るに足りない」、「兄弟」には「母胎」の含みがあります。主は「私と同じ人の子」「私の同胞なのだ」と、小さくされた人への愛を訴えます。もし人生に採点表があるとしたら、如何に多く深く愛したかを映し出すでしょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:52 | 毎週の講壇から