2018年10月30日

11月第1主日礼拝(聖徒の日、永眠者記念礼拝)

      11月 4日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 来る年も来る年も=@音楽      朝日研一朗牧師
聖  書  士師記 11章34〜40節(p.403)
讃 美 歌  27、174、381、300、385、29
交読詩編  詩編77編1〜16節(p.87)

・青空カフェ      礼拝後      玄関バルコニー

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2018年10月29日

悲しみが喜びに変わる時【ヨハネ16:15〜24】

聖句「あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。」(16:20)

1.《年末の第九》 年末に「第九」の演奏会が恒例になったのには、2つの契機があったと言われています。1943年の学徒動員で兵隊に取られる音大生たちが、入隊直前に「第九」を演奏、その多くが戦死し、戦後、彼らへのレクイエムとして演奏された説。また、戦後の食糧難の折り、NHK交響楽団が楽団員の年越し費用を稼ぐためにk恒例化したとも言われています。

2.《契約の更新》 ベートーヴェンは弱冠25歳にして音楽家として成功を治め、ウィーン社交界の花形と成りますが、やがて難聴に苦しめられ、数年後には自死を思う程に追い詰められます。何しろ、聴覚は音楽家にとって最も大切な感覚です。それを失ってしまったのです。そして、他の人に聞こえる音が、自分には聞こえない不幸は、彼を二重に苦しめたのです。その心中を、弟たちに宛てた「ハイリゲンシュタットの遺言」の中で吐露しています。しかし、芸術への愛の故に踏み止まるのです。ですから「テスタメント」には「遺書」ではなく、むしろ「覚悟表明」「神との再契約」の意味があります。

3.《生まれる時》 私たちの人生にも不幸や苦難の時が訪れます。聖書で「杯」「器」と言うのは、自分の分を表わします。キリスト教信仰は、不幸に対する優れた解釈であり、不幸と向き合う姿勢です。それ故、主は「悲しみは悲しみのままに終わらない」と仰るのです。女性が出産に際して味わう苦しみを例に挙げていますが、「変わる」も「ゲンナオー/子を産む」です。いつか、その悲しみが深い喜びを生み出すのです。「自分の時が来たからである」は、イエスさまの「わたしの時」、十字架の時に通じます。それこそ「人生のクライマックス」、私たちは皆、この時を受け取るために生まれて来たのです。

朝日研一朗牧師

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2018年10月28日

喧嘩上等 Bring It On!

1.けんかえれじい

バザーの終わった翌日、NHK-BS「プレミアムシネマ」で、鈴木清順監督の『けんかえれじい』(1966年)が放映されていて、思わず見入ってしまいました。子どもの時に観た時には、何とも思わなかったことが、とても印象深く感じられるのです。

時代は昭和10年、南部麒六(高橋英樹)は、カトリック信者の家庭に下宿して、旧制第二岡山中学に通っていました。下宿の娘で岡山聖心の女学生の道子(浅野順子)に秘かに思いを寄せる優しい男の子です。日曜日には、道子と一緒にミサにも通っています。

ところが、麒六は「キリストと先輩の命令と、どちらが大切なんや」と、無理難題を押し付ける上級生を、思わず殴り飛ばしてしまいます。その場面を目撃したOBのスッポン(川津祐介)に喧嘩の才能を見出され、喧嘩の極意を教わるのです。実は、麒六の父親も、スッポンもまた、カトリック信者なのです。

喧嘩修行の後は、師匠の勧めで、第二中学の硬派団体「OSMS(オスムス)団」(「岡山セカンド・ミドル・スクール」の略称だそうな)に入団して、喧嘩の実践を積み、忽ち「喧嘩キロク」と仇名され、副団長にまで上り詰めます。ところが、軍事教練の教官に楯突いたことから、岡山を出奔する事に成るのでした。ここまでが前半です。

会津若松の親戚の家に転がり込んだ麒六は、喜多方中学に転校しますが、ここでも喧嘩に明け暮れることに成ります。何かと言えば「会津魂」を口にする癖に、余所者をからかい、強い教師には萎縮し、弱腰の教師は舐めて掛かる同級生の態度に立腹して「会津魂とか、勿体ぶったことを抜かし居るが、お前らケツの赤い山猿じゃ!」と叫びます。

この後、同級生の金田と、肥え溜めの中を転げ回る喧嘩をやり、会津中学の「昭和白虎隊」相手の大立ち回りへと続きます。

2.爆走する機関車

映画には、道子と麒六が通うカトリック教会が出て来ます。ミサの帰り道でしょうか、二人が桜並木を歩いていると、道子が嬉しそうに話します。「今年のイースターも素晴らしかった。去年のイースターはお父様と一緒だった。今年のイースターは麒六ちゃんと」。思わず、道子の手を握る麒六…。そんな二人を見咎めた「OSMS団」の団長、タクアンは麒六を「軟派」「軟弱」となじり、二人は取っ組み合いの一触即発。その場はスッポンの介入で事無きを得ましたが、別れ際、悔し紛れに、タクアンがステッキで満開の桜の枝を叩くと、麒六と道子に桜の花びらが舞い散ります。この辺りが清順美学なのです。

後半の会津篇でも、喜多方中学の同級生を怒鳴り付けて、そのまま下校する麒六の背景には、なぜか教会の尖がり屋根が映っています。特徴的な尖がり屋根が気になって、ロケ地を調べると、何と、『けんかえれじい』は全編、長野県上田市でロケされていたのです。岡山も喜多方も会津若松もありません。会津若松の鶴ヶ城公園とされている場面も、実は上田城跡公園。岡山のカトリック教会は上田カトリック教会。旧制岡山第二中学は上田高等学校。尖がり屋根は、日本基督教団上田新参町(しんざんちょう)教会なのでした。

因みに、上田新参町教会を設計したのは、古橋柳太郎(1882〜1961年)という建築家です。大谷石を使った安中教会「新島襄記念会堂」、旧後楽園球場、麻布中学・高等学校校舎などを手掛けた人物です。新参町教会は、1897年(明治30年)創立ですが、1935年(昭和10年)に現在地に移転新築しています。「昭和10年」を設定した本作にはピッタリです。

映画の幕切れで、麒六と同級生の杉田が「東京で青年将校が叛乱」の号外を駅で見ます。「喧嘩だ、大喧嘩だ!」「これを見なくちゃ男が廃る。行こう」と叫ぶ杉田。麒六は号外に見覚えのある男の顔を発見します。「叛乱の思想的指導者、北一輝」と記された写真は、会津若松のカフェーで見た眼光鋭い男だったのです。思わず叫ぶ麒六、「杉田、東京に行くぞ!」。吹雪の中を東京に向けて爆走する蒸気機関車。

アニメファンなら御承知かと思いますが、この場面はOVA版『機動警察パトレイバー』(1988年)第5話「二課の一番長い日/前編」で、そのまま使われているのです(監督は押井守、脚本は「平成ガメラシリーズ」の伊藤和典)。苫小牧の泉野明(のあ)(富永みーな)の実家に来ていた篠原遊馬(あすま)(古川登志夫)がテレビを見ていると、「自衛隊がクーデター」のニュースが流れます。「遊馬、行こう。ここでやらなきゃレイバー隊の名が廃る」と野明。画面に映し出された「反乱の思想的指導者」の写真に「蕎麦屋で見た男!」と気付き、「野明、東京に行くぞ!」と叫ぶ遊馬。吹雪の中を爆走する蒸気機関車。

3.踏まれる十字架

それに先立って、道子が遠路遙々、喜多方まで麒六に別れを告げに来る場面があります。「長崎の修道院に入る決心をした」と言うのです。麒六の下宿を出た彼女が、雪の降り積もった狭い道を歩いていると、唐突に、次々と兵士たちが走って来て、彼女は弾き飛ばされて倒れたまま、誰からも助け起こして貰えません。彼女の大切にしていたロザリオが軍靴に踏み付けられて、白い雪の下に沈んで行きます。

子どもの頃には、全く脈絡が摑めず、意味も分からず、ただただ、その異様な雰囲気に圧倒されたのですが、今見直してみると、「二・二六事件」勃発を受けて緊急出動した、会津若松の歩兵第29連隊(第2師団派遣部隊)だった訳です。また、これは、彼女が長崎の原爆によって亡くなるのでは無いかと予感させる場面でもありました。

第29連隊に蹂躙される十字架は何を意味しているのでしょうか。旧制中学の大らかなバンカラの気風も喧嘩三昧も、青春の悶々も純情も、否応なしに軍国主義と戦争の渦の中に巻き込まれて行くのです。「無垢の終わり/End of Innocence」とでも言いましょうか。

牧師 朝日研一朗

【2018年11月の月報より】

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2018年10月23日

10月第4主日礼拝

      10月28日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 悲しみが喜びに変わる時=@音楽   朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネによる福音書 16章16〜24節(p.200)
讃 美 歌  27、152、490、221、158、28
交読詩編  詩編146編1〜10節(p.163)

・讃美歌練習(11月の月歌:174番)  礼拝後   礼拝堂

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2018年10月21日

2018年教会バザー

2018年教会バザー1

2018年教会バザー2

2018年教会バザー3
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2018年10月16日

10月第3主日礼拝

      10月21日(日) 午前10時30分〜11時40分
信徒奨励 川の流れのように=@音楽      橋満子
聖  書  マタイによる福音書 6章31〜34節(p.11)
讃 美 歌  27、152、490、206、175、28
交読詩編  詩編146編1〜10節(p.163)

教会バザー  午後0時30分〜3時   階下ホール、中庭

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2018年10月15日

光あるうちに光を信ぜよ【ヨハネ12:27〜36】

聖句「暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。…光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」(12:35,36)

1.《リプレイ》 誰でも「人生、もう1回やり直せたら」と考えることがあります。ケン・グリムウッドのSF小説『リプレイ』(1988年)では、心臓発作で死亡した主人公の意識が戻ると、18歳に戻っています。その後「強制終了」と「強制再生」が繰り返されるループと成るのですが、何度、過去をやり直しても死は避けられません。過去を変えることに大きな意味は無いのかも知れません。

2.《時がある》 何も「タイム・トラベル・ファンタジー」は小説や映画の中だけの話ではありません。私たちの肉体は時間と空間に縛られていますが、精神は自由なのです。だからこそ、私たちは、亡き人を想起したり過去を懐かしむことが出来るのです。そのジャンルの先駆けとされる、英国の児童文学者、アリソン・アトリーの小説『時の旅人』(1939年)巻頭の題辞に「時あり、時ありき、時はなし」と記されていました。人間には時の移ろい、時の流れを止めることは出来ませんが、その時を知って、決断したり行動したりすることは出来るのです。残念ながら、その時を逃してしまうこともあるのですが…。

3.《光の歩み》 イエスさまの仰る「光と闇」は「昼と夜」です。その意味で日時計を思い出させます。「日時計」は何の仕掛けも無い「ダイヤル/目盛り」に過ぎません。多くの日時計には碑銘が刻まれています。例えば「私は晴れの日だけ時を刻む」「暗い時は刻まず、日の当たる時のみを刻む」とかです。人生には明るい日も暗い日もあります。しかし、復活の光、命の光を投げ掛けられるイエスさまは、闇を抱える私たちを照らし「光の子」へと変えて下さるのです。日時計と同じく、私たちの闇の業をカウントせず、光の業だけをカウントして下さるのです。その約束の徴こそ、この日曜日の朝の礼拝なのです。

朝日研一朗牧師

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2018年10月14日

キリスト教こんにゃく問答]]V「戦争について」

1.遠く離れた雷鳴

インドの名匠、サタジット・レイ監督に『遠い雷鳴』(Ashani Sanket)という映画があります。1973年の作品です。ベンガルの片田舎を舞台に、バラモンの貧しい若夫婦の生活が描かれています。バラモンはカースト最上位ですが、僧職や教職以外の仕事に就いて労働することが禁じられています。バラモンなりの不自由さがあるのです。

舞台は1942年、一見すると、戦争の影響など感じられぬ、穏やかな農村生活から始まります。しかし、米の価格が上昇して行きます。日本軍がシンガポールに進駐したために、一袋4ルピーが6ルピーに上がり、主人公ガンガの家に、隣村から同じバラモンの老人が食べ物の無心にやって来ます。バラモンの掟では無視することは許されません。

やがて日本軍がビルマに進駐し、米の価格は18ルピーにまで跳ね上がります。米屋では略奪騒動が起きます。ガンガの妻アナンガは農作業で日銭を稼ごうとします。ガンガは遠くの村まで出掛けて、妻の腕輪を売った代金で、闇米を買い求めようとしますが、果たせません。アナンガの女友だち、チェトキは米を手に入れるために、煉瓦職人に身を投げ出します。飢えは日に日に深刻になって行きます。

映画のラストでは、あの隣村のバラモンの老人が子や孫たちを引き連れて、ガンガの家に向かって歩いて来るではありませんか。アナンガは「これから私たちはどうするの?」と夫に問い掛けます。余りのことに笑ってしまいそうになりながら、ガンガは「いや何、二人が十人になるだけさ」と呟きます。すると、アナンガが「いいえ、十一人よ」と答えます。彼女の胎には新しい命が宿っていたのです。嬉しいような困ったような、複雑な表情で妻を見詰め返すガンガ…。

老人一家の行進は、真っ赤な夕焼けを背にして、何百人という集団の大行進のシルエットへと変わって行きます。そして、このような字幕が出て映画は終わります。「1943年、ベンガル地方において、五百万人が飢えと疫病のために死んだ。人間によって作られた飢饉によってである」。

ガンガとアナンガの台詞は、サタジット・レイの黒澤明に対するオマージュです。あの『羅生門』(1950年)のラスト、貧しい樵(志村喬)が捨て子を愛しそうに抱きしめながら、「おらのとこには子供が六人おる。六人育てる苦労も七人育てる苦労も一緒だ!」と呟くのです。雨が上がり、羅生門を跡にして家路へと向かう樵に、天からの光が射しています。

2.アメリカひじき

それにしても、戦火の直接及ばなかったはずの、しかも世界有数の米の生産地である、ベンガル地方で数百万人もの餓死者が出ていたという現実に、私は胸を突かれました。ベンガルはガンジス川の河口の平原地帯で、そこから数百キロ北東には、マニプル州インパールがあります。

悪名高い「インパール作戦」(1944年)では、兵站の確保が難しいまま、「援蔣ルート」遮断を戦略目的として、日本陸軍はインパール攻略戦に九万の兵を送り込みました。二万六千人の戦死者を出していますが、その半数近くが餓死、戦病死(マラリヤと赤痢)でした。何の補給も増援もなく、前線は「食うに糧なく、撃つに弾なし」という状況で、同胞の死体を食べるしか無かったと言われています。

この作戦を従軍取材した火野葦平は「前線にダイナマイトを百キロ送ったら、五十キロしかないと報告がきた。兵隊が食うのである」と記しています。佐藤幸徳中将は「軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつあり」と、大本営に対して繰り返し撤退を進言するも聞き入れられず、最終的には死刑覚悟で、師団の独断退却を実行しています。

前年の「ガダルカナルの戦い」でも、数多くの日本軍将兵が餓死、戦病死しています。部隊から離脱した挙句、飢えた兵士が人肉食を行なったことも知られています。戦争とは、即ち飢えなのです。

それは「銃後」においても同じこと。『火垂るの墓』で知られる野坂昭如の短編小説に『アメリカひじき』(1967年)があります。「玉音放送」の流れた日、米軍の飛行機から落下傘で物資が送られます。それは米人捕虜のために投下された食糧でしたが、中からは、チョコレートやガム、豆の缶詰やチーズ、ジャムや砂糖、ベーコンやハム等が出て来て、町内会の人たちは溜め息混じりに眺めつつ、その宝物を分配するのでした。主人公の俊夫の母親も宝物の分配に与りますが、一つだけ不明な食品がありました。黒い縮れた糸くずのような物です。近所のおばさんが「ひじきに似とる」と言うので、煮込み、岩塩を加えてみますが、湯が赤茶色に変わるだけで食べられたものではありません。

「アメリカのひじきはアクが強いんやわ」と母は言いますが、ひもじさ故に捨てられもせずに、何とか食べてしまいます。町内会長が「どうやら、ブラックテーいう物(紅茶の葉)らしいで」と教えてくれた時には、もう既に、どの家の「アメリカひじき」も無くなってしまっていたというエピソードです。

3.母親が子を食う

旧約聖書にも「戦争とは、即ち飢えのことだ」と思わせる場面があります。「列王記下」6章25節には「アメリカひじき」ならぬ「鳩の糞」が出て来ます。紀元前9世紀末、北王国イスラエルはアラムとの間で戦争を続けていました。アラム王がイスラエルの王都サマリアを包囲した時、折り悪くサマリアは食糧不足、忽ち住民は飢饉に陥りました。この時、「ろばの頭一つが銀80シェケル(約1キロ)、鳩の糞4分の1カブ(1カブは1リットルと少し)が5シェケルで売られるようになった」と書いてあるのです。

律法では、ろばは「食べてはならない動物」とされていました。その頭が高値で取り引きされたと言うのです。そして「鳩の糞」ですが、幾ら飢えていても鳥の糞までは食べられるものではありません。紀元1世紀のユダヤの歴史家ヨセフスは「鳩の糞」を「食塩の代用」にしたと書いていますが、これは眉唾でしょう。「鳩の糞」は「エジプト豆」のことだという説があります。

また、アラビア人が「オカヒジキ」「ミルナ/水松菜」を「雀の糞」と呼んでいることから、「鳩の糞」も野草の俗称だったのでは無いかと言われています。聖書事典によると「ベツレヘムの星」と呼ばれる植物で、この茎は生で食べると中毒を起こすが、煮るか焼くかすると食べることが出来たそうです。パレスチナの丘陵や岩場に、白い六弁の花を咲かせるので「ベツレヘムの星」と呼ばれるのですが、それが一斉に咲いて断崖を覆う様は、さながら「鳩の糞」で白く成ったように見えるとか。

日本の「オカヒジキ」は、さっ湯通しして和え物やおひたし、汁の具や炒め物に使いますが、「鳩の糞」は乾かして粉にして砕き、麦粉に混ぜて食べていたようです。勿論、サマリア包囲の状況下で糧食は尽きていますから、麦粉などはありません。

「列王記下」の物語は、この後、更に恐ろしい話に変わります。アハブ王が城壁を歩いていると、一人の女が「我が主君、王よ、救ってください!」と叫んで訴えます。彼女の話によると、女友だちが「今日はあなたの子を食べ、明日は私の子を食べましょう」と言うので、自分の子を煮て食べたのに、翌日に成ると、その女は自分の子を隠してしまったと言うのです。王はそれを聞くと悲嘆の余り自らの衣を引き裂きます。

二人の女性が一人の子どもを取り合う図は、「列王記上」3章の「ソロモンの知恵」にも見られます。同じ時に出産した遊女が、互いに「生きているのが我が子で、死んだのはお前の子だ」と主張し合って譲らない話です。「大岡政談」の「子争い」のモトネタです。しかし、それは、どちらが本当の母親であるかと、我が子を引き合う人情話です。嘘をついている母親の姿もまた、哀れを誘います。

ここでは、我が子の肉を食べてしまった母親が、今度は「あんたの子を食べる番だよ」と要求するのです。グロテスク極まりない話です。戦争は飢餓を生み、飢餓は人間を食い尽くすのです。


【会報「行人坂」No.257 2018年10月発行より】

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2018年10月13日

旭日亭菜単(続き)その48

  • 「真赤な子犬」(日影丈吉著、徳間文庫)
    冒頭から赤川次郎みたいな文体で、コケットなヒロイン登場と思いきや、すぐに予想は裏切られます。彼女は探偵役ではありません。先ず、探偵の務めを担わされるのは読者なのです。若社長の自殺未遂とそれに続く転落死の一部始終を示されているのは読者だけで、捜査に当たる警察よりも先に、その経緯を読んで知っている…と思い込まされるのです。ところが、この設定そのものがトリッキーであったことが、後から知られて来る訳です。それにしても、「サラド・ワルドルフ」に「ビフテック・オー・ポワヴル・ノワール」、食べてみたいものです(勿論、毒入りでないヤツを)。ジャクリーヌ・ササール主演の映画『芽ばえ』が引用されていることから時代は明らかですが(日本公開は1958年)、こんな時代に、田園調布に4階建てのお屋敷を構え、専任のコック、執事、メイドたちがいて、2階が会議室と食堂、3階が客室、遊技室、図書室、独身の若社長が書斎付きの4階で暮らしているなんて、夢のようです。『ちびまる子ちゃん』の花輪くんの家です。しかるに、後半に登場する工場の守衛の老人の自宅、これが私らには相応しいのです。
  • 「人みな眠りて」(カート・ヴォネガット著、大森望訳、河出文庫)
    初期作品のお蔵だしのような短編集ですからSFネタは少ないのです。冷蔵庫型の女性ロボットを連れて、セールス巡業する天才科学者が主人公の「ジェニー」、罹患者に自殺衝動を引き起こす感染症を描く「エピゾアティック」が辛うじてSFの味付けです。「ミスターZ」は、犯罪学の講座を履修する神学生(牧師の卵)と服役中の娼婦とのラブロマンスです。伝説で「聖なる娼婦」にされてしまったマグダラのマリア以来、よくあるパターンのカップルですが、思わずホロリとさせる予想外のオチを用意するのがヴォネガット流です。「金がものを言う」も、欲しくも無い巨万の遺産を相続した娘と借金に悩む男とのラブロマンス。両作に共通するのは、男が柔弱な態度では真心は伝わらないという教訓です。「ガール・プール」や「ルース」は女性同士の、「賢臓(kiddley)のない男」(「腎臓/kiddney」ではない)や「ペテン師たち」は男性同士の確執と共感を描いていて、後々じわぁ〜と胸に染みます。表題作は、ディケンズの「クリスマス・キャロル」と同じく、クリスマス嫌いで性悪な男が、本物のクリスマスを現出させます。
  • 「ゴールデンカムイ」第15巻(野田サトル作、集英社)
    「ヤングジャンプ」は週刊だけにコミックス新刊が出るのも速い。アシリパの行方を追って樺太に渡航した杉元たちの活躍が描かれます。クズリにスチェンカ、バーニャ、トド狩りと当地の自然や風俗がしっかり描かれていて、本作の美点が出揃っています。第149話「いご草」では、以前は背景人物の一人に過ぎなかった月島軍曹の過去、鶴見中尉との因縁も描かれます。恐らく、最初からキャラ設定があったのではなくて、舞台を樺太に移動させる段階で、月島にロシア語通訳の技能を振り、その結果「いご草」の物語が生まれたのでしょう。要するに、後からキャラ内容を膨らませたはずです。登場キャラが増えると、その分サブストーリーが派生して、作品そのものが重厚さを帯びる結果となるのです。第120話「奇襲の音」〜第121話「暗中」の屈斜路湖温泉の時と同じく、男性陣の集団入浴の場面が多く、往年の雑誌「SABU」のグラビアみたいです。これは、作者の性的指向なのか、読者へのファンサービスなのでしょうか。
  • 「牧野富太郎/なぜ花は匂うのか」(牧野富太郎著、平凡社)
    小学校の図書室には、牧野の植物図鑑が何冊か並んでいました。今思えば(子ども向けではない)結構な専門書だったと思います。しかし、私たち男子は動物図鑑や昆虫図鑑に夢中で、好んで頁を開いてみたいとは思いませんでした。それでも時折り、目当ての図鑑が他の子たちの手に渡ってしまっている時に、暇潰しに止む無く植物図鑑を開いてみて、その鮮やかな写生に目を奪われたことがあります。植物の美しさが余す所無く表現されていました。牧野自身が「私は植物の愛人として、この世に生まれてきたように感じます」と告白している通り、それは彼の激しい植物愛、愛情の為せる業だったのです。「人間は植物を神様だと尊崇し礼拝し、それに感謝の真心を捧ぐべきである」。植物教の信徒、いや使徒なのです。私たちが食べているバナナは「実」ではなく「皮」であること、イチゴも「茎の末端」、蜜柑もまた「毛」であること、これは子どもに教えてやらねば。私の生まれ故郷の町花は野路菊ですが、命名は牧野だったのですね。
  • 「完全犯罪/加田伶太郎全集」(福永武彦著、創元推理文庫)
    『草の花』『死の島』等で高名な「純文学」作家、福永が加田のペンネーム(しかも、アナグラム)で発表した正統派探偵小説の連作集です。古典文学の研究者、伊丹英典(これまた「名探偵」のアナグラム)が毎回舞い込んで来る謎の事件を解いていきます。これらの連作が書かれたのは「大学助教授」という肩書きが未だ確かな地位と、時間的余裕を保証してくれていた1950〜60年代初め。「ディレッタント」が気取れないと、探偵遊戯(趣味としての推理と事件解決)等は成立しませんからね。昨今の大学教員は勿論、最近では大学生ですらリアリティがありません。「解説」の法月綸太郎が「「温室殺人」の封建的な犯人像は、横溝作品を念頭に置いていたかも知れない」と指摘していますが、強い意志と高い知性を併せ持ったキャラクターにハッとさせられた私としては、目に見えぬ因果や因縁に操られる(が故の悲哀もある)横溝の犯人像とは異なると思います。むしろ「ディクスン・カーや横溝正史調のおどろおどろしい演出」が垣間見えるのは、大学院生が伊豆半島で消息を断つ「失踪事件」、催眠術や古い西洋屋敷に「落人池」等という舞台装置の「眠りの誘惑」でしょう。とにかく挑戦と実験精神に溢れる粒揃いの短編集。巻末に収録されている、福永が都築道夫、結城昌治と囲む鼎談も凄い内容です。
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2018年10月09日

10月第2主日礼拝(神学校日)

      10月14日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 光あるうちに光を信じよ=@音楽   朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネによる福音書 12章27〜36節(p.193)
讃 美 歌  27、152、490、502、509、28
交読詩編  詩編146編1〜10節(p.163)


・・・当日の音声録音を聴く
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