2018年12月18日

クリスマス(降誕節)礼拝

      12月23日(日) 午前10時30分〜正午
説  教 わたしのこころのほし=@     朝日研一朗牧師
聖  書  フィリピの信徒への手紙 2章12〜18節(p.363)
讃 美 歌  27、233、490、279、271、69、72、88
交読詩編  詩編25編1〜11節(p.30)

・クリスマス愛餐会(新入会者歓迎会)  礼拝後〜午後2時  階下ホール
  会費:おとな500円、こども300円、入会者・未就学児無料

posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2018年12月17日

摩訶不思議アドベンチャー【マタイ2:1〜12】

聖句「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」(2:2)

1.《西方への旅》 『西遊記』は唐代の僧侶、玄奘三蔵が6万キロに及ぶ旅をして仏教の経典を持ち帰った史実が基に成っています。「西域への旅」と言ったら「占星術の学者たち」も同じです。東方(メディア、ペルシア、パルティア、バクトリアまでを含む)からユダヤまで往復4千キロです。玄奘三蔵には及びませんが、大変な苦難の旅であったろうことは想像に難くありません。

2.《時間の経過》 16世紀の天文学者ケプラーは、惑星運動の立場からキリスト降誕を紀元前7年と特定しました。キリスト降誕日については、最近では、英国のデイヴィッド・ヒューズ説(紀元前7年9月15日)、米国のマイケル・モルナー説(紀元前6年4月17日)等もあります。モルナー説で感心したのは、その距離と時間感覚です。博士たちが東方で星を見たのが4月、ペルシアから旅に出発したのが9月、御子のもとに辿り着いたのが12月だと言います。イエスさまは既に生後8ヶ月、離乳食を食べてハイハイをしています。博士たちは3ヶ月も掛けて旅をした末に、漸くキリストに相見えたのです。

3.《冒険が準備》 降誕日が何日に成ろうと、私たちが教会暦に従ってクリスマスをお祝いすることに変わりありません。大切なのは「キリストを礼拝すること=クリスマス」だからです。「アドベント」はラテン語の「アドウェントゥス/到来」です。「待つ」ことは副次的なことです。むしろ、私たちに求められているのは「冒険/アドベンチャー」かも知れません。欧米には「make a difference/違いをもたらす、世の中を変える」ために、この季節に何か1つ新しい試みをする習慣があります。神さまは、愛する独り子を世に送るという大変な冒険を為さったのです。私たちも小さな愛の冒険をしましょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:55 | 毎週の講壇から

CSクリスマス礼拝・祝会

20181216CSクリスマス礼拝・祝会
posted by 行人坂教会 at 18:29 | 教会アルバム

2018年12月11日

12月第3主日礼拝(アドベント第3主日)

      12月16日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 摩訶不思議アドベンチャー=@音楽  朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 2章1〜12節(p.2)
讃 美 歌  27、233、235、276、88
交読詩編  詩編25編1〜11節(p.30)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2018年12月10日

賢い女子たちのともし火【マタイ 25:1〜13】

聖句「賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。」(25:4)

1.《ある夜の物語》 SF作家、星新一のショートショートです。クリスマスイヴに「何でも願いを叶えて上げよう」と、サンタクロースが現われますが、孤独な青年も病気の女の子も、貪欲な金貸しも社会転覆を企むテロリストも、誰かが自分のことを思ってくれていたと気付いて、権利を譲って行くのです。そして何も貰わないのに、満足や喜びや幸せに溢れて行くという寓話です。

2.《賢者の贈り物》 O・ヘンリーの有名な短編では、若夫婦が自分の宝物を売ってプレゼントを購入しますが、無益な品物となります。その結果だけを見れば、愚かしく思われますが、この愛情の交換こそが、本当の「賢さ」なのだと作者は言います。「賢者」とは「マギ」、キリスト降誕を知って、東方から訪ねて来た占星術の学者たちのことです。メディア(現在のイラン北西部)の部族の中で、天文と魔術に通じた階級と言われています。つまり、本当の「賢さ」とは何なのかという、作者の問い掛けは、聖書のメッセージから来ているのです。

3.《ともし火の油》 迎えに来る「花婿」は再臨のキリスト、「十人の乙女」は信者、「婚宴」は天国です。だから「目を覚まして」「怠り無く準備して励めよ」と教えられて来ましたが、一番大切なのは「壺の中の油」を切らさないことです。「油/エライオン」は「憐れみ/エレオス」に通じますから、「愛の油、愛のともし火」なのです。「賢い」は頭の回転の速さや要領の良さ、利口さではなく「思慮深い」こと、他者のことを慮る愛の心なのです。「目覚めている」人とは、自分は愛されていて、自分もまた、誰かのために何事か出来ると感じている人のことです。「愚かな乙女」も「賢い乙女」も私たち自身の姿です。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:53 | 毎週の講壇から

2018年12月09日

2018クリスマスコンサート

12月8日にクリスマスコンサートが行われました。

20181208クリスマスコンサート
posted by 行人坂教会 at 17:37 | 教会アルバム

2018年12月04日

12月第2主日礼拝(アドベント第2主日)

      12月 9日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 賢い女子たちのともし火=@音楽   朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 25章1〜13節(p.49)
讃 美 歌  27、233、573、230、88
交読詩編  詩編25編1〜11節(p.30)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2018年12月03日

君はひとりじゃない【マタイ1:18〜25】

聖句「『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である。」(1:23)

1.《トラブル続き》 世の中のクリスマスのお祝いモードと間逆で、聖書の中のクリスマスは、悩み苦しむ人たちの姿を描いています。受胎告知を受けたマリアも、許婚の妊娠を知ったヨセフも悩みますし、受け入れた後もトラブル続き。身重でベツレヘムまで旅をして、泊まる宿無く、漸く出産したら「避難しろ」と言われる始末です。「選りにも選って、こんな時に!」という事件の連続です。

2.《二人の修羅場》 新約外典「ヤコブ原福音書」によると、マリアは老人の男寡ヨセフに引き取られた時には12歳、受胎告知の時には16歳だったとされています。妊娠6ヶ月でお腹の膨らんだマリアに、ヨセフはショックを受けて悶え苦しみます。ヨセフは詰問し、マリアは「私にも分からない!」と泣きながら反論します。正典では、マリアもヨセフに独りで苦悩する姿が、それぞれに描かれています。しかるに「ヤコブ原福音書」では、当事者である二人が真正面から衝突する、ドロドロした修羅場が描かれているのです。

3.《インマヌエル》 修羅場を描けばドラマチックですが、繰り返し読み返すと陳腐に感じられるようになります。毎年読み直していても、正典の描く二人の苦悩が陳腐に感じられないのはドラマ性を追求しないで、苦悩の本質である孤独を浮き彫りにしているからに違いありません。ヨセフには「正しい」「憐れみ深い」人だからこその苦悩があります。罪を犯した人ですら苦しみます。しかし、何の罪も犯していないのに苦しむ、不条理に耐えているのです。しかも自己憐憫ではなく、マリアを思って苦しんでいるのです。そんなヨセフに、神さまは「インマヌエル/君はひとりじゃない」と告げられたのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の講壇から