2019年01月27日

感じて、漢字の世界

1.珍妙な当て字

子どもの頃、新聞記事の見出しに「米軍」という文字があるのを(ベトナム戦争の戦況を伝えていたのでしょう)見て、父親に尋ねたことがあります。「アメリカ人はパン食で、米を食べないのに、どうして「米軍」なの?」。勿論、すぐに父は「アメリカ」の漢字音写「亜米利加」の「米」であることを教えてくれました。

ところが、私も子どもながら簡単には引き下がりません。「それじゃあ、どうして頭文字の「亜」では無いの?」。父が答えます。「他にも「亜弗利加/アフリカ」や「亜拉比亜/アラビア」や「亜爾然丁/アルゼンチン」があるからだ」。私は更に重ねて「フランス人は仏教徒ではなくて、大半はキリスト教徒なのに、どうして「仏」等という文字が当ててあるの?」と尋ねたのでした。父の答えは「音写は適当に近い音の漢字を当てているので、特に深い意味内容は無いのだ」ということでした。父は大学での専攻が人文地理学だったので、こういう話はお得意だったのです。

しかし、相変わらず、その後も、私の頭の中には「米飯給食のアメリカ(亜米利加)軍」「仏像のように螺髪になったフランス(仏蘭西)人」「ハミ子のドイツ(独逸)人」「チューリップならぬ胡蝶蘭を手にしたオランダ(阿蘭陀)人」「土まみれのトルコ(土耳古)人」「埃まみれのエジプト(埃及)人」「いつも素っ裸で歩くロシア(露西亜)人」「ワインに悪酔いしたポルトガル(葡萄牙)人」「インスタント縮れ麺を食べるビルマ(緬甸)人」等が徘徊することになったのでした。

そう言えば、何年か前、八王子在住のドイツ人の漢字研究家が祖国「ドイツ」に「独」の漢字を当てるのは「不愉快だから止めて欲しい」と訴えている新聞記事を読んだことがあります。「獣偏」を使っている所に差別意識が伺えるとのことでした。その関連で言うと「ユダヤ」も「猶太」と書きましたね。「猶」は、猿の一種で疑い深い性質なので「疑う、躊躇う」の意味があるそうです。こっちの方が余程、問題です。

2.映画と当て字

長じて映画ファンに成った私は、戦前の映画を好んで観るように成りました。そしたらあるわあるわ、読めない漢字の外国映画の題名…。まあ、『聖林(ハリウッド)ホテル』に『巴里(パリ)祭』くらいは、誰でも読めるでしょう。

リア・デ・プティのハリウッド進出第1作のヴァンプ物『神我に二十仙(セント)を給ふ』、英国のスパイ映画『空襲と毒瓦斯(ガス)』、ジャネット・マクドナルドの歌も有名な、災害スペクタクル映画『桑港(サンフランシスコ)』、社会諷刺劇『市俄古(シカゴ)』、怪人フー・マンチュウの『成吉斯汗(ジンギスカン)の仮面』、マルレーネ・ディートリッヒ主演の『西班牙(スペイン)狂想曲』、恋愛喜劇の『大紐育(ニューヨーク)』、青春の思い出を描く名作『たそがれの維納(ウィーン)』…。『桃源郷』に「テュランドット」、『胡椒娘』に「パプリカ」とルビを振るに至っては、もはや完全な遊び心です。

「ハリウッド」に「聖林」の漢字を当てたのは「Hollywood」の「holly/柊」を「holy/聖なる」と読み違えたことから来ているのですが、映画の都、即ち、映画ファンにとっての「聖地」という意味で、今でも日本では「ハリウッド」=「聖林」が通用してしまうのですから馬鹿に出来たものではありません。

『七年目の浮気』の香港版のポスターを見た時に、主演女優が「瑪麗蓮・梦露」と成っていたのにも感動しました。言うまでもありません、マリリン・モンローです。「瑪瑙(めのう)」や「睡蓮」のように「麗しく」、「梦(夢)」のような美女で、少し「露出」あります…みたいな…。面白すぎる。

他にも挙げて置きます。エリザベス・テイラーは「伊莉沙白・泰勒」、ソフィア・ローレンは「蘇菲亞・羅蘭」、ブリジット・バルドーは「碧姫・芭社」、グレイス・ケリーは「格蕾絲・凱利」、エヴァ・ガードナーは「愛娃・嘉コ納」、キャサリン・ヘップバーンは「凱瑟琳・赫本」、オードリー・ヘップバーンは「奥黛麗・赫本」です。漢字を見ると発情してしまいそうです。

3.聖書と当て字

礼拝のメッセージや聖書研究の準備などをしていて、疲れた時には、私は中国語訳聖書を開くようにしています。「和合本/Chinese Union Version」という、中国語圏で最も普及している翻訳聖書です。

中国語訳聖書の何が面白いかと言って、やはり、固有名詞の当て字です。「伊甸園/エデンの園」、「亞當/アダム」と「夏娃/エバ」、「該隠/カイン」と「亞伯/アベル」、洪水と来たら「挪亞/ノア」、族長は「亞伯拉罕/アブラハム」「以撤/イサク」「雅各/ヤコブ」。エジプトからカナンへ「約瑟/ヨセフ」「摩西/モーセ」「約書亞/ヨシュア」「參孫/サムソン」。王様は「大衛/ダビデ」「所羅門/ソロモン」。預言者は「以利亞/エリヤ」「以利沙/エリシャ」に「以賽亞/イザヤ」「耶利米亞/エレミヤ」「以西結/エゼキエル」…。

女性の名前を補充しましょう。「撤拉/サラ」「利百加/リベカ」「利亞/レア」「拉結/ラケル」「她瑪/タマル」「米利暗/ミリアム」「大利拉/デリラ」「路得/ルツ」「拔示巴/バトシェバ」「耶洗別/イゼベル」「以斯帖/エステル」…。

新約に移って、「耶穌基督/イエス・キリスト」は言うに及ばず、「馬利亞/マリア」「希律/ヘロデ」「約翰/ヨハネ」「撤但/サタン」「拿撤勒/ナザレ」「西門・彼得/シモン・ペトロ」「法利賽/ファリサイ」「耶路撤冷/エルサレム」「本丟・彼拉多/ポンティオ・ピラト」「巴拉巴/バラバ」「各各多/ゴルゴタ」「抹大拉的馬利亞/マグダラのマリア」「保羅/パウロ」。福音書記者は「馬太/マタイ」「馬可/マルコ」「路加/ルカ」です。

牧師 朝日研一朗

【2019年2月の月報より】

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