2019年04月22日

イースター

20190421イースター礼拝

イースター礼拝の後、みなさんで記念写真を撮りました。

20190421記念写真

イースター愛餐会です。

20190421イースター愛餐会
posted by 行人坂教会 at 23:08 | 教会アルバム

墓守綺譚【ヨハネ20:11〜18】

聖句「マリアは園丁だと思って言った。『あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。…』」(20:15)

1.《七つの顔の男》 片岡千恵蔵演じる探偵「多羅尾伴内」は、色々な職業、面相の人物に変装して潜入捜査をします。そして毎回、クライマックスで犯罪組織のボスに「貴様は誰だ!?」と言われると、「ある時は競馬師、ある時は私立探偵、またある時は画家、ある時は片目の運転手」と列挙、「しかして、その実体は、正義と真実の使徒、藤村大造だ!」と名乗りを挙げ、銃撃戦に突入します。

2.《復活のイエス》 復活の主もまた一筋縄では行きません。ある時には、エマオの旅人の同行者、ある時には亡霊、ある時には岸辺の物乞い、またある時には墓守の園丁です。まるで他の人のようにして御姿を現わされるのです。生前とはすっかり外見が変わってしまっているのです。そうでなくては、こんなに弟子たちが戸惑うはずはありません。パウロは、復活によって「自然の命の体」が「霊の体」に変えられると論じていますが(コリントの信徒への手紙T15章)、何だか彼の言うようには、輝かしくも力強くも無いようです。

3.《最も小さい者》 「園丁、園の番人、園の管理人、庭師」等と訳されますが「墓守」のことです。穢れた場所とされた墓を管理する墓守は賤業とされていました。マグダラのマリアも声を掛けたのが墓守だと思って、キツイ物言いをしています。御生前、弱い立場に置かれた人たち、差別される人たちと共に生きられたイエスさまは、死んで後も、復活された後も、そのような人たちの姿に身をやつして、弟子たちの前に御姿を現わしておられるのです。「マタイによる福音書」25章の「この小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたこと」に通じるものがあります。サン・テグジュペリの「庭師は愛によって、地球のあらゆる土地と、あらゆる樹木に結ばれていた」との言葉も思い出されます。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:55 | 毎週の講壇から

教会学校とイースター

教会学校のこどもたちが植えたチューリップが咲きました。

2019チューリップの花

イースターエッグを作りました。

                                     庭の杏で作った杏酒です。↓

2019イースターエッグ作り
posted by 行人坂教会 at 13:47 | 教会アルバム