2019年06月17日

冬があるから花は咲く【イザヤ35:1〜2】

聖句「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ。砂漠よ、喜び、花を咲かせよ 野ばらの花を一面に咲かせよ。」(35:1)

1.《飼い犬の死》 日本の昔話「花咲か爺さん」を御存知でしょう。心の優しい老夫婦が飼い犬の示す所を掘ってみたら、大判小判が出て来ます。隣家の意地悪な老夫婦が犬を借り受け、同じように掘りますが、出るのは瓦や瀬戸片ばかり。無残にも犬は殺されますが、犬の墓の傍らに植えた木が成長して、それで臼を作り、老夫婦が餅を搗くと宝物が出て来ます。意地悪夫婦が同じことをすると汚物が出て来ます。彼らは臼を焚き付けにして灰にしてしまうのです。

2.《塵と灰から》 老夫婦が灰を集めて帰って来ると、夢に犬が現われ、「桜の枯れ木に灰を撒け」と言います。爺さんが灰を撒くと枯れ木が蘇り、花咲き、通り掛かりの殿様から褒美を貰います。死んだ愛犬の遺体が木に、臼に、灰に生まれ変わるのです。そして、その灰が死んだ桜を蘇らせて花を咲かせるのです。灰は死んでしまった大切な誰かです。大切な人を喪った悲しみのシンボルです。けれども、その悲しみの灰が次に新しい命を与えてくれるのです。命は塵と灰から生まれます。本当の命は悲しみの中から生まれるのです。

3.《薔薇の名前》 聖書の神さまは、まるで「花咲か爺さん」です。半世紀もバビロンに捕らわれていた民が故国に帰還する、その旅路を、花を飾って、喜び迎えて下さるのです。花は喜びや悲しみの共感を示すのです。「野ばら」と訳されていますが、サフラン、クロッカス、水仙、百合とも訳されます。球根植物も種から始まります。種から育てると開花までに数年かかります。絵本作家のターシャ・テューダーは「冷たい冬があるから、美しい花が咲くのよ」と言います。私たちの人生にも凍える冬の季節、灰と塵に塗れて悲しみに沈む日があります。しかし、だからこそ、新しい命に目覚める日が来るのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の講壇から