2019年06月30日

今日のわいわいタイム

今日のおはなしは何かな?本って、ほんとにおもしろいね。

今日読んでもらった絵本は『やさいのせなか』と『おひさまぽかぽか』でした。

20190630わいわいタイム
posted by 行人坂教会 at 19:52 | こどもの教会「あんず」

聖なる時間を求めて

1.ロケ現場

行人坂教会に赴任したばかりの頃、目黒駅周辺を散歩していて、不思議な既視感を抱いて「まさか、前世の記憶か?!」と、しばらく悩んだことがあります。最初に気付いたのは、白金教会の裏手、JR線を跨ぐ「白金桟道橋」を、夕方に子どもを連れて散歩していた時のことでした。…何のことはありません、鈴木保奈美と織田裕二主演のテレビドラマ、『東京ラブストーリー』(1991年)の有名な場面の舞台だったのです。

このドラマには、他にも「西郷山公園」「上大崎2丁目のJR沿いの坂道」「上大崎3丁目の某マンション」「東山1丁目の天竺屋台」等が出て来ます。将来、東京に住む等と夢にも思わず見ていたのですが、白金桟道橋の風景が印象に残っていたようなのです。因みに、教団「安藤記念教会」附属「安藤記念幼稚園」(有森也実の勤め先)も登場しました。

イラストレーターの宮崎祐治著『東京映画地図』(2016年、キネマ旬報社)を開くと、東京中の映画のロケ地が詳しく解説されています。目黒区で言えば、蒼井優の『洋菓子コアンドル』(2011年)、新垣結衣の『恋するマドリ』(2007年)が青葉台、深津絵里の『ステキな金縛り』(2011年)が西郷山公園、鈴木杏と蒼井優の『花とアリス』(2004年)が碑文谷八幡宮と小牧バレエ学園、柴咲コウと真木よう子の『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(2013年)が学芸大学駅前…と、2000年代以降の作品だけでも、何本も出て来ます。ドラマの『最高の離婚』(2013年)で「目黒川人気」が一気に盛り上がって、ファンがロケ地巡りに訪れたことも思い出されます。

2.聖地巡礼

ファンによるロケ地巡りを「聖地巡礼」と言います。ドラマ『北の国から』(1981〜2002年)の影響で、北海道富良野は観光地と化しました。韓国ドラマ『冬のソナタ』(2002年)のファンは海を越えて、北漢江の南怡島(ナミソム)に押し寄せました。私が北海道にいた頃、韓国や台湾からの観光客が急激に増えたのですが、それは、岩井俊二監督、中山美穂主演の映画『Love Letter』(1995年)の効果だったのです。

最近は映画やドラマなんかよりも、アニメの舞台が「聖地巡礼」の対象に成っています。映画の場合は「フィルムツーリズム」、それと区別するために「アニメツーリズム」と言うらしいです。アニメの聖地巡礼が顕著になったのは『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年)の西宮市からでしょう。『らき☆すた』(2007年)の埼玉県鷺宮町、『かんなぎ』(2008年)の宮城県七ヶ浜町、『ガールズ&パンツァー』(2012年)の茨城県大洗町、『ラブライブ!』(2013年)の神田明神、『君の名は。』(2016年)の飛騨市、新宿区須賀神社の石段…。かつて、テレビアニメ『スラムダンク』(1993〜96年)を見た台湾のファンが江ノ電「鎌倉高校前1号踏切」に押し寄せて、現地は大変な騒動に成っているという報道もありました。

ラテン語では「巡礼」を「peregrinatio/ペレグリーナーティオー」と言います。英語の「ピルグリミッジ/pilgrimage」です。1620年、メイフラワー号で北米大陸に渡った最初のピューリタン(清教徒)たちを「ピルグリム・ファーザーズ/Pilgrim Fathers」と言います。単に「ピルグリム/巡礼者」と呼ばれることもあります。

語源を遡ると、ラテン語の「ペル/越えて、向こうへ」とギリシア語の「アグロス/農地」の合成語のようです。「農地を越えて行く、農地の向こうへ行く」ことだったのです。古代から中世に掛けて、巡礼の旅は命がけでした。何しろ、人間の手が加えられた土地(農地)の遥か彼方(未知の土地)を目指して進んで行かなくてはならないのです。

古くは、エルサレムやアンティオキアの巡礼が盛んでした。シリア・パレスチナ地方がイスラーム支配下に置かれるとコンスタンティノポリス、東ローマ帝国が滅亡すると、ローマ巡礼、ローマ教皇庁が頽廃した後は、スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラ、イタリア中部のロレート、フランスのルルドと、次々に新しい聖地が生まれます。

本来は、キリスト所縁(ゆかり)の場所、聖遺物がある場所が聖地だったのですが、聖遺物を移転した先、癒しの奇跡が起こった場所が、新たな聖地に成りました。その意味で「アニメツーリズム」は基本的なスタイルを継承しているのです。前述の『らき☆すた』『かんなぎ』『ラブライブ!』『君の名は。』に、神社が組み込まれているのも偶然ではありません。

3.聖時礼拝

聖地巡礼に対する批判は、アウグスティヌス以来あり、宗教改革の教会は巡礼を廃止しました。プロテスタントが巡礼を廃止した理由としては、根底に「聖遺物崇敬」があること、巡礼行によって救いに至るという「功徳、功績」主義であることが挙げられます。しかも、現代においては、命がけの危険を冒して、苦難の巡礼するということはありません。旅行は困難、試練ではなく、単なる慰安に成ってしまっています。

「聖遺物崇敬」だけが問題なのではありません。そもそも「聖地」と言われるくらいです。「聖地」とは最近流行の「パワースポット」でもあります。特定の場所を「聖なる」と規定することもまた、偶像化の危険を伴います。反対に、別の場所が「穢(けが)れた場所/忌み地」と見なされ、住民が差別されます。所詮は「ハレ」と「ケガレ」の二分法です。

むしろ、私たち、キリスト者は特定の「場所」を神聖視するのではなく、私たちが共に礼拝賛美する「時間」をこそ、神さまが聖化して下さる(潔めて下さる)と考えるべきでは無いでしょうか。その方が、聖遺物や聖地などの偶像を乗り越えて来た、現代のキリスト教が到達した信仰に相応しいと思います。聖書の神さまは「場所/トポス」にではなくて、「時間/カイロス」にこそ宿り給う、私はそのように考えるのです。この「時間」こそが「永遠」と繋がっているのです。延いては、天上の友と私たちとを結び合わせてくれるのです。

牧師 朝日研一朗

【2019年7月の月報より】

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