2020年07月06日

神さまの宿題はレポート【ローマ10:14〜21】

聖句「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。」(10:17)

1.《課題レポート》 コロナ禍で自粛していた業種が次々と再開する中、大学だけは一向に再開の兆しが見えません。大学生はオンデマンドの遠隔授業を受けていますが、多くは配信された動画を見て、課題レポートを提出するものです。中には、受験以来、キャンパス内に足を踏み入れたことのない新入生もいるそうです。高額な学費(特に施設設備費)の減額や割引もありません。

2.《何を聞くのか》 戦前からの信徒は「信仰は聞くにより」を胸に刻み、聖日厳守主義で礼拝を休みませんでした。大正文語訳の「信仰は聞くにより、聞くはキリストの言による」です。「聞くこと」は、英訳聖書では単に「hearing」ですが、独語訳「ルター聖書」や「チューリヒ聖書」では「die Predigt/説教」と訳されていて、牧師の説教こそが信仰の入口と主張されています。また「新改訳」は「キリストの言葉」を「キリストについての御言葉」と意訳することで、「イエスさまの発言」ではなく「キリストについての証」「キリスト信仰を告白すること」こそが信仰の始まりであると主張しているのです。

3.《レポート提出》 私は牧師の説教だけが「聞くこと」だとは思いません。それでは、余りに了見が狭い。漢訳聖書「和合本」には「聽道」とあります。「信仰は聴く道」なのです。ラテン語訳「ウルガタ」の「auditio」は「オーディオ」の語源です。賛美の歌声、オルガン、音楽、人々の話に耳を傾けることも信仰に繋がるのです。ある英語の註解は「聞くこと」を「report」と訳しています。信仰とは、主の弟子たちが後世の私たちのために残したレポートです。私たちも、キリストの「命令/レーマ」を受けて、ありのままを、御前に差し出して行きたいと思うのです。主から求められているのは真心のみです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:53 | 毎週の講壇から