2020年10月12日

聖書の中に何がある?【ヨハネ5:31〜40】

聖句「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。」(5:39)

1.《聖書に拳銃》 1968年の西部劇『5枚のカード』の主人公は偽牧師です。縛り首にされた弟の復讐のために町にやって来て、下手人を殺害して行くのですが、それを阻止しようとする男と対決する場面で、聖書の中から小型拳銃を取り出します。ヴェネチア国立考古学博物館には、大型聖書の中身を刳り抜いて、フリントロック式の古い拳銃を納めた物(17世紀後半の作)が展示されています。実際、聖書の中には拳銃や剣、爆弾や核兵器が入っているように思います。

2.《関係の成長》 旧約聖書には、異民族や異教徒は皆殺し、掟破りも殺す、戦争の敵は「聖絶」するという観念があります。選民だけが救われて、他は滅びるという考えもあります。しかし、現代のキリスト者である私たちは、そんなことはしませんし、そんな考えを認めていません。それらは全て、新約聖書の信仰によって乗り越えられた掟です。旧約の神は「怒りの神」、新約の神は「愛の神」と言われますが、怒ってばかりでもありません。慈しみ深く、民の裏切りに涙を流す神も描かれています。つまり、人間関係と同じく、神と人との関係も、時代状況や文化変容を通して成長して行っているのです。そして主がお生まれになったのです。

3.《信仰の解放》 ここで「聖書」と訳されているのは旧約聖書のことですが、単なる「グラファイ/書物」という皮肉もあります。近代プロテスタントもまた「聖書研究」を重んじて来ましたが、これがネックになって入信を妨げたり、信徒に対しても「不勉強」を指弾して劣等感を植え付ける一因になっています。反対にカルトや熱狂主義教会は、聖書の文言を信者の脳にインプリントして支配します。しかし、イエスさまは「幾ら巻物の中を捜しても、永遠の命に出会うことはない」と仰るのです。主は今日の現実の中に立たれています。新約聖書はキリストを証しする文書ですからさて置き、旧約聖書を読む場合には、私たちの現実、主の生きられた時代の現実、2つを見据えた上で批判的に読みましょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 21:57 | 毎週の講壇から