2021年06月29日

7月第1主日礼拝

       7月 4日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”ありとあらゆる患いを音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 4章23節〜25節(p.6)
讃 美 歌  27、212(@B)、490、7、446、25
交読詩篇  143編1〜6節(p.160)

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posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2021年06月28日

神さまの友だち【民数記 12:2〜8】

聖句「モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった。」(12:3)

1.《生き辛い世に》 夏目漱石の名作『草枕』の冒頭に「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」という名文句があります。筋を通せば事を荒立てるし、慮れば状況に流されるし、持論を押し通すと身動きが取れないのです。と言って「人でなしの国」に行く訳にも参りません。むしろ、住みにくい所を寛げて長閑な住み易い所、生き辛い世を少しでも生き易くするのが芸術家の使命だと、漱石は言っています。芸術家のみならず、私たち皆の願う処ではないでしょうか。

2.《柔和は力強い》 イエスさまの「八福の教え/真福八端」の3番目に「柔和な人たちは幸いだ/地を受け継ぐ」とあります。社会変革を意識する人たちは「貧しい人たち」「平和を作り出す人たち」「迫害されている人たち」に注目しますし、ホーリネス派は「清い人たち」を選ぶことでしょう。今現に辛い思いをしている人は「悲しむ人たち」や「憐れみ深い人たち」に目を留めるでしょう。8つの中で一番地味で目立たないのが「柔和な人たち」なのです。でも「生き辛い世の中を、少しでも寛げるように」と考えたら、この「柔和さ」こそが大事な要素なのです。ギリシア語の「柔和/プラーユテース」には「忍耐強い」の含みもあるのです。「柔よく剛を制す」。案外「柔和」には底力があるのです。

3.《柔和なモーセ》 モーセは地上の誰よりも「謙遜、柔和/アーナーヴ」だったと書いてあります。モーセは美術や映画で力強く峻厳なイメージで描かれていますが、実際には口下手で控え目な性格だったのです。姉ミリアムや兄のアロンに言いたい放題に批判されても、すぐに反論できずに、辛抱して黙り込んでしまうのです。モーセは何も言い返さないのです。これが「柔和」です。本来は「抑圧された奴隷状態にあること」を意味する語なのです。神さまの方が我慢できなくなって「モーセは俺の友だちなんだ」と介入する有様です。「柔和」は「人でなしの国」では無益ですが、「天の国」では恵みの賜物を受け継ぐのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:52 | 毎週の講壇から

2021年06月27日

教会の庭の苺とミニトマト

庭の苺とミニトマトの写真です。杏も2個実っていました。

20210627教会の庭の苺とミニトマト

地面にはダンゴムシが沢山いました。梅雨があけると蝉の季節ですね。

posted by 行人坂教会 at 21:38 | こどもの教会「あんず」

2021年06月23日

カインの烙印

1.毒の盛り皿

「東京都の小池百合子知事は31日、新型コロナウイルスの新たな感染者が463人確認されたと発表した。30日の367人を上回り、2日連続で過去最高を上回った。200人を超えるのは4日連続。100人を超えるのは23日連続となる。7月の累計は6466人となり、最多だった4月の3748人を大きく上回った。…」

これは「朝日新聞デジタル」から拾い出した記事です。但し、昨年の記事です(2020年7月31日)。僅か1年前の記事ですが、これを読むと、長期化する「コロナ禍」の中で、私たちの感覚がどんなに麻痺してしまっているか分かります。因みに、2021年7月22日、東京の新規陽性者数は435人、遡って1週間の平均は405.9人、6月6日から22日までの17日間累計は7043人と成っているのです。

ワクチンの大規模接種、職域接種などの様子が盛んに報道され、声高に喧伝されるにつれて、人流の抑制が効かなくなっています。私の身の周りでも、二度のワクチン接種を終えた高齢者からは「安心しました」という喜びの声が聞かれます。「個人的な安心感」という意味では、誠に結構な話です。しかし、この国が「集団免疫」とやらを獲得するには「程遠い」という厳しい現実認識を持つべきかと思います。国民の7割が接種すれば「集団免疫」が獲得されると言われていますが、現在、1回のみの接種者が18%、2回接種者が8%、つまり、国民の2割程度に過ぎないのです。

昨今の人流増加、根拠なき安心感については「箍(タガ)が外れている」と感ぜざるを得ません。この危機感の欠落、感覚の麻痺には度し難いものがあります。「カミカゼ五輪」「本土決戦」断行も相俟(あいま)って、「毒を喰らわば皿まで」という事でしょうか。

2.悪魔の奴隷

身体機能の「麻痺」は「パララシス/paralysis」と言います。この語と「オリンピック」とを組み合わせた造語が「パラリンピック/Paralympic」です。「マルコによる福音書」2章には「中風の人/パラリュティコス」が登場して、イエスさまによって癒されています。その語源がギリシア語である事が分かります。

それでは、身体機能の「麻痺」ではなく、「心の麻痺」の方は如何でしょうか。「テモテへの手紙T」4章に、人々を迷わせて信仰の道を踏み外させる「偽り者/プセウドロゴス」に対する批判の言葉があります(「プセウドス/虚偽」+「ロゴス/言葉」)。4章2節「このこと(信仰から脱落する者がいる事)は、偽りを語る者たちの偽善によって引き起こされるのです。彼らは自分の良心に焼印を押されて居り」、善男善女の結婚を禁じたり、食物規定を強要したりしていたそうです。

「良心に焼印を押されている」は余り直訳に過ぎて、私たちには何の事なのか、チンプンカンプンです。福音派の「新改訳」は「彼らは良心が麻痺しており…」と訳しています。これが分かり易い。ここには「カウステーリアゾー/焼印を押す」という動詞が使われています。そこで「自分の良心を焼き金で焼かれている、自分の良心に焼印を押されている」と訳されているのです。古代社会には、所有者が家畜と同じように「奴隷に焼印を押す」習慣があったと思われます。そこから「罪の奴隷、悪魔の奴隷に成っている」という意味に転じたと言うのです。つまり、自身の「良心が悪魔の奴隷(所有物)に成っている」とするならば、それ即ち「良心が麻痺している」事なのです。

「良心」は英語で「コンシャンス/conscience」と言います。「コン/con-」は「com-/共に」、「サイエンス/science」は(「科学」と訳される事が多いですが)本来は「知識」です。ギリシア語も同じで、「良心」と訳されている「シュネイデーシス」は「シュン/共に」+「ヌース/知識、思考、分別」なのです。語源の「シュノイダ」という語は「ある事柄を誰かと共に知る、共に考える」事なのです。ですから、独り善がりや独断専行は「良心」から最も懸け離れた横暴なのです。「最初から結論ありき」等というのは、まさしく「良心を悪魔の奴隷にして」しまっているのです。

3.偽ブランド

その昔、アラン・ラッド(『シェーン』の人)主演の『烙印/Branded』(1950年)という西部劇がありました。賭博師が悪党に唆されて、行方不明の牧場主の息子に成り済まして、牧場の財産を横領しようと企んだものの、牧場主の娘を愛するようになって、善の道に立ち帰るという粗筋です。題名の「ブランデッド」とは、牧場主が焼印を押して、自らの所有とした畜牛(cattle)の事です。

つまり「ブランド」があるか無いか、どんな「ブランド」が押されているかで、所有者が判別されるのです。他所の牧場の「烙印/ブランド」のある畜牛を持っていたら、「牛泥棒」として縛り首にされるのです。現代では「ブランド品」等と言って「商標、銘柄」という意味で使われますが、「偽ブランド」を販売したら、手が後ろに回るのは同じです。言うまでもありませんが、「オリンピック」もブランドです。

五輪のエンブレムの入った商品に、特別な価値があるとされているのは、ブランドだからです。五輪のメダリストに対しても「レジェンド」として最高の敬意が払われています。私もスポーツ観戦は好きですから、目くじらは立てたく無いのですが、「オリンピック貴族」とも言われる「IOC/国際オリンピック委員会」一族による、破格の贅沢三昧な要求などを耳にするにつけ、アスリートの流す血と汗と涙を(それに加えて国民の税金を)糧にして私腹を肥やし続けている人たちがいるのだと実感しました。「感動のドラマ」の陰で、ビッグマネーが動く、このカラクリだけは、この際、見据えて置いた方が良いと思います。

牧師 朝日研一朗

【2021年7月の月報より】

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2021年06月20日

6月第4主日礼拝

       6月27日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”神さまの友だち音楽        朝日研一朗牧師
聖  書  民数記 12章2〜8節(旧約p.233)
讃 美 歌  27、146(@A)、490、207(@A)、211(@A)、24
交読詩篇  67編1〜6節(p.74)

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posted by 行人坂教会 at 21:00 | 毎週の礼拝案内

10分間礼拝]\「夜の日時計/horologium nocturnum」

2021年6月20日(日)

メッセージ:怒りのデスロード
聖   書:マタイによる福音書5章21〜26節(p.7)
讃 美 歌:364番「いのちと愛に満つ」


試聴は次の箇所をクリックしていただくと、PCにインストールされている音楽プレーヤー(WindowsならMedia playerなど)で再生できます。
ここをクリックして下さい音楽
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2021年06月18日

「主日礼拝」、「聖書と祈りの集い」再開のお知らせ

  • 主日礼拝を6月27日(日)より
  • 聖書と祈りの集いを6月23日(水)より

再開いたします。

posted by 行人坂教会 at 17:27 | 教会からのお知らせ

2021年06月13日

10分間礼拝][「夜の日時計/horologium nocturnum」

2021年6月13日(日)

メッセージ:地上の星
聖   書:マタイによる福音書5章13〜16節(p.6)
讃 美 歌:509番「光の子になるため」


試聴は次の箇所をクリックしていただくと、PCにインストールされている音楽プレーヤー(WindowsならMedia playerなど)で再生できます。
ここをクリックして下さい音楽
posted by 行人坂教会 at 10:00 | 夜の日時計

2021年06月08日

旭日亭菜単(続き)その65

  • 「文豪怪奇コレクション/恐怖と哀愁の内田百閨v(内田百闥、東雅夫編、双葉文庫)
    日本画の世界には「朦朧体」という技法があります。横山大観などが刷毛を使うことで線描を明示しない没線描法のことです。初期の頃には「幽霊画」等と悪口を言う評論家もいたそうです。文学に「朦朧体」というものがあるとしたら、欧米ならヘンリー・ジェームズ、我が国なら(泉鏡花は別格として)内田百閧謔濶Eに出る者は居らんでしょう。「遊就館」「由比駅」等は、他のアンソロジーで読んだと思いますが、何しろ「朦朧体」なので、私の記憶も定かではありません。鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』の原作に成った「サラサーテの盤」は、やはり怖いです。日常の暮らしの中に、何やら妙なもの(怪)が紛れ込んでいるのです。『昇天』では、クリスチャンの院長が入院患者たちに向かって、礼拝説教をしている場面がありますが、その中で語られているのは、岡山孤児院を設立した石井十次のエピソードです。
  • 「原野(ムーア)の館」(ダフネ・デュ・モーリア著、務台夏子訳、創元推理文庫)
    ヒッチコック監督の『岩窟の野獣』の原作ということで買いました。読み始めは長編だし「ダルイなあ」と思うのですが、ヒロインが叔母の住む「ジャマイカ・イン」(これが原題)に身を寄せた辺りから、奇怪な雰囲気が漂い始めて、グワッと引き込まれます。「イン」とは英国の宿屋と酒場を兼ねた建物のことですが、開かずの間があったり、旅人も泊まらず村人も立ち寄らず、周辺住民から嫌悪される場所でありながら、突然にある真夜中に、大勢の男どもの饗宴が行われたり…。幽霊屋敷物に近い感覚です。ヒロインにとって、誰が味方なのか敵なのか、読者を迷わす、如何にも奇怪な登場人物たち。気丈なメアリーを心配しながら読み進むことが出来ます。
  • 「ウマ娘/シンデレラグレイ」第1〜2巻(久住太陽作画、杉浦理史脚本、伊藤隼之介企画、集英社)
    小学生の時「イカ娘」のファンだった長男が、今は「ウマ娘」にハマっているらしい。急に競馬に興味を持ったようで、メジロマックイーン、トウカイテイオー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン等、往年の名馬の名前を連呼。どうやら、育成シュミレーションゲームらしい。と思ったら、「これ読んで!」とテーブルに置いたコミックでした。ヒロインはオグリキャップ。「どうして馬が美少女キャラなんだよ」と思いながらも、読んでいくと結構、入ってしまいました。これが「萌え」というものか。『艦これ』『あくしず』とか「萌え擬人化」多いな。そう言や『けものフレンズ』もそうだった。
  • 「ほんとうのリーダーのみつけかた」(梨木香歩著、岩波書店)
    吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の問い掛けを、現代日本に生きる者として、改めて受け止め直した作品が『僕は、そして僕たちはどう生きるか』だった訳ですが、そこから生まれたトークセッションが「「どう生きるか」をどう生きるか」です。それがこの本の大半を占めています。著者が現代日本に対して抱く危機感は半端無いと思います。ただ、戦前回帰とか全体主義復活の兆しとか、そういう平板な語彙では到底、表現することの出来ない危うさを、著者は感じ取って警鐘を鳴らしているのです。その摑みが「ヘレン・ケラーのナプキン」だったり「ジョコビッチと錦織のテニス試合」の報道だったりします。ご安心ください。我が家の二男も『君たちは…』を自分のお小遣いで買って読んでいましたから(但し、マンガ版だったけど)。
  • 「ケン・リュウ短篇傑作集6/神々は繋がれてはいない」(ケン・リュウ著、古沢嘉通他訳、ハヤカワ文庫)
    表題作は「神々は殺されはしない」「神々は犬死はしない」と併せて三部の連作と成っています。その上、ヒロインのマディの父親は、恐らく「短篇集5」の「数えられるもの」のデイヴィッドの成長した姿なのでしょう。勿論、巻頭の「カルタゴの薔薇」とも繋がっています(「ロゴリズム社」とか)。意識だけの存在と成って、ネットワークの中で生きている人々が登場します。押井守の『攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL』や『イノセンス』がどれだけ時代に先んじていたか分かります。連作では、そんな「神々」の戦いも描かれていて、世界を滅ぼそうとするチャンダという悪役も登場します(私は、どうしてもインド人演歌歌手のチャダを思い浮かべてしまいました)。これは「マーヴェル」っぽい。もう1つの著者の得意分野「中国幻想譚」の「隠娘」が武侠劇として抜群に面白かったです。同じ素材を使って、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督が、スーチー(舒淇)や妻夫木聡の出てる『黒衣の刺客』を作っているのですね。
  • 「ケン・リュウ短篇傑作集5/生まれ変わり」(ケン・リュウ著、古沢嘉通他訳、ハヤカワ文庫)
    アンチエイジング(抗老化医学)、脳のデジタル化や意識のアップロード等、ケン・リュウのテーマは「不死」「永遠の生命」です。彼は中国人だから徐福(スーフー)以来の伝統と言えないこともありません。但し、以前の作品群に比べると、徐々にではありますが、物語を下支えして来た、特有の瑞々しさを失いつつあるように思います。具体的に言うと、失われ行くものに寄せる悲しみ(彼の著作のタイトル通り「もののあはれ」)、愛する人を失う痛みが感じられなく成っているのです。感情主義からの脱却を図っていることを伺わせます。中国系ユダヤ人がヒロインの「化学調味料ゴーレム」、靴製造工場で働くヴェトナム人がヒロインの「ランニング・シューズ」(葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」を髣髴とさせる)等、彼が女性たちの感性に未来を託そうとしているのが伝わって来ます。
posted by 行人坂教会 at 16:39 | 牧師の書斎から

2021年06月06日

10分間礼拝]Z「夜の日時計/horologium nocturnum」

2021年6月6日(日)

メッセージ:荒野の呼び声
聖   書:マタイによる福音書3章1〜6節(p.3)
讃 美 歌:173番「荒れ野よ、喜べ」


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ここをクリックして下さい音楽
posted by 行人坂教会 at 10:00 | 夜の日時計