2021年10月18日

共に生きる【ローマ 12:15】

聖句「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(12:15)

1.《無謀な戦争》 年齢を重ねたせいか、最近よく戦争を思い出します。最近の政治家たちの言動が軽いのも、戦争の実体験が無いからでしょう。あれば、もう少し人の心に響く言葉を語られるのではと思います。3歳の頃、父の勤務地の岡山で空襲を経験しました。逃げ込んだ防空壕も火の粉が入り、後楽園の対岸に避難して助かりましたが、沢山の焼死体が積み重なっているのを見ました。敗戦後には、父の転任で被爆間もない広島に引っ越し、街に残る原爆の爪痕をそこかしこに目にしました。どうして、このような無謀な戦争をしたのでしょうか。

2.《人の痛みを》 表題を「共に生きる」としましたが、後悔しています。現実には、他者に寄り添って生きることは大変に難しいのです。人の心の痛みを自分のものと出来るかどうか、全てはそこに掛かっていると思います。パラリンピックを見て、障がいを持つ人たちの不屈の姿に目を開かれました。顔と顔とを合わせ、同じ目線で接する。そして、心の中でも目線を合わせることが大切です。小学校5年生の時、足を引き摺る同級生をからかったことがありました。謝罪する機会を逸したままに成ってしまいました。今でも申し訳なかったと思っています。寄り添うべき相手に、私は寄り添っていなかったのです。

3.《乗り越える》 同じ官舎に暮らす高校時代の同期生がいました。絵も文も上手でしたが、日常生活の自己管理が全く出来ない男でした。ホームレス状態に成り、公園のトイレで寝起きしていたこともあったそうです。見兼ねた私は、彼に事務所の空き部屋を提供して、住居として使って貰うことにしました。その一室はゴミ屋敷と化しました。住民票すら無いので健康保険も取れません。転倒して起き上がれなくなり、入院するに際して戸籍を割り出すところから始めました。1年後、彼と連絡不通となり、漸く彼の姪に連絡がついて「亡くなった」と知りました。もう少し親身に世話をしていればと後悔しました。人は自分の目線や価値観でしか動こうとしません。しかし、イエスさまは違いました。キリストは言葉だけではなく実際に「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」生き方をされたのです。

三井 務

posted by 行人坂教会 at 21:57 | 毎週の講壇から